流星と昴の日本神話
石の章

伊毘志都幣命

隕石と共に天降る女神。

 

隕石と共に天降る女神

伊毘志都幣(イヒシツベ)命(イヒツベ)は『出雲国風土記(いずものくにふどき)』に登場する神であり、次の二つの飯石(いいし)神社に(まつ)られている。

 

飯石(いいし)神社(島根県雲南市三刀屋町多久和(うんなんしみとやちょうたくわ)1065)

飯石(いいし)神社(島根県雲南市三刀屋町六重(うんなんしみとやちょうむえ)239)

 

出雲国風土記(いずものくにふどき)飯石郡(いいしのこおり)飯石郷(いいしのさと)の条によれば、伊毘志都幣(イヒシツベ)命が天降ったことから、その地を伊鼻志と言い、神亀(じんき)三年(七二六年)に字を飯石に改めたという。

 

(書き下し文)

飯石(いひし)(さと)郡家(こほりのみやけ)正東(まひむがし)一十二里なり。伊毗志都幣(いひしつべ)(みこと)天降(あも)()しし(ところ)なり。()れ、伊鼻志(いひし)()ふ。神亀(じんき)(ねん)()飯石(はんせき)(あらた)む。

(現代語訳)

飯石(いいし)(さと)(こおり)の役所の正東十二里にある。伊毗志都幣(いひしつべ)(みこと)が、高天原(たかまがはら)からお(くだ)りになった所である。だから、伊鼻志(いひし)という〔神亀(じんき)三年、字を飯石と改めた〕。

《出典》植垣節也校注/訳『新編日本古典文学全集5 風土記』(小学館、一九九七年、二四二頁)

 

江戸時代に出雲の松江藩で編纂(へんさん)された地誌『雲陽誌(うんようし)』の飯石郡(いいしぐん) 多久和(たくわ) 飯石社の条には次のように記されている。

 

飯石社 往昔一石(をつ)高さ三尺四寸はかり周圍これに適す形飯を盛かことし故に其地を稱して飯石といふ古記に云伊毘志都幣(いひしつへの)命天より此石と(くたり)もつて鎭座したまふ

《出典》黒沢長尚『雲陽誌(うんようし)』(一七一七年)

 

昔、飯を盛ったような形の石が()ちてきたため、その地を飯石と言い、古記によれば伊毘志都幣(イヒシツベ)命が天からこの石と降り、鎮座したのだという。

天降る神、隕石と共に天降る神であることから伊毘志都幣(イヒシツベ)命は流星(隕石)の神と考えられる。

また、「ベ」は女神の神名末尾のパターンであるため女神と考えられる。

 

各文献における名前

出雲国風土記(いずものくにふどき)』……伊毘志都幣(イヒシツベ)

 

まとめ

伊毘志都幣命(イヒツベ)……流星の神

天降る神、隕石と共に天降る神であり、つまり流星(隕石)の神。