櫛の章
神名にクシが付く流星の神々。このクシは流星を天から降る竪櫛に見立てたもの。
「神名に付くクシは奇し」ではない
神名に付く「クシ」は古語の「奇し」つまり「人知の及びがたい神秘さを呈するさま。霊妙だ。ふしぎだ」(『角川古語大辞典』角川書店、一九八二~一九九九年)という意味の美称と解釈されていることが多い。
江戸時代の国学者・本居宣長も『古事記伝』(一七九八年)における櫛名田比売の注釈で「櫛は借字 書紀に奇と作て、美称なり」としている。
坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本古典文学大系67 日本書紀 上』(岩波書店、一九六七年)も奇稲田姫の注釈で「クシは、霊妙不思議の意」としている。
しかしこれは、神秘的・霊妙・不思議という意味の美称と解釈しておけば、どの神の名に付いても大抵当てはまっているように見えるというだけの事であり、この解釈を積極的に支持する根拠は乏しい。
この点、神名に付く「ハヤ」を美称・称辞とする解釈(【速の章】で前述)と同様の解釈である。
神名に付くクシの意味
神名に付く「クシ」については、「流星(火球)」を天から降る「櫛」に見立てたものである場合が多いと考えている。
流星(火球)と櫛は似ていないと思われるかもしれないが、ここで言う「櫛」は現在よく見られる形の櫛ではない。縄文時代から古墳時代にかけて使われていた歯が長く伸びている櫛、竪櫛である。竪櫛の歯を火球の尾と見れば、竪櫛は火球を絵に描いたような形をしている。
ただし、火球ほど大きくはない流星の場合は尾を引く姿が棒状に見えることから、天から降る「串」にも見立てられた可能性は考えられる。
この章ではこの考えを裏付ける根拠として、神名に「クシ」が付く神々の多くが流星の神と考えられる神話を持つことを示してゆく。『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』『先代旧事本紀』に登場する、神名に「クシ」が付く神については全て挙げている。