流星と昴の日本神話
速の章

補足 五百箇磐石の意味

別名、湯津石村(ゆついわむら)天安河辺(あまのやすのかわら)にある五百箇磐石(いおついわむら)とは、天の川近辺にある星の群れ「(すばる)」。

 

五百箇磐石(いおついわむら)

『日本書紀』神代上第五段一書第七によれば、伊奘諾(イザナキ)尊が火の神・軻遇突智(カグツチ)を斬った時に、飛び散った血が五百箇磐石(いおついわむら)という磐の群れ(磐群(いわむら))に付くと、磐裂(イワサク)神、根裂(ネサク)神、磐筒男(イワツツノオ)神、磐筒女(イワツツノメ)神、経津主(フツヌシ)神が生まれる。

 

(書き下し文)

(また)曰く、軻遇突智(かぐつち)を斬りたまひし時に、其の()激越(たばし)りて、天八十河中(あまのやそのかはら)()五百箇磐石(いほついはむら)()む。(しか)して()りて神に化成()り、(なづ)けて磐裂神(いはさくのかみ)(まを)す。次に根裂神(ねさくのかみ)、その()磐筒男神(いはつつのをのかみ)。次に磐筒女神(いはつつのめのかみ)、その児経津主神(ふつぬしのかみ)

(現代語訳)

〔また伝えていう。軻遇突智をお斬りになった時に、その血がほとばしって、天八十河原(あまのやそのかわら)にある多くの磐石(いわ)の群を染めた。これにより神が自然にでき、名付けて磐裂神(いわさくのかみ)と申す〕。次に根裂神(ねさくのかみ)とその子磐筒男神(いわつつのおのかみ)。次に磐筒女神(いわつつのめのかみ)とその子経津主神(ふつぬしのかみ)

《出典》小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守校注/訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀1』(小学館、一九九四年、五一~五二頁)

 

この記述の「次」を直前の神の弟妹と解釈すると、次のような系譜ということになる。

イワサクの系図1

これらの神は『日本書紀』神代上第九段本文においては次のように記されている。

 

(書き下し文)

()(のち)高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)(さら)諸神(もろもろのかみたち)(つど)へ、葦原中国(あしはらのなかつくに)(つかは)すべき(かみ)(えら)ひたまふ。(みな)(まを)さく、「磐裂(いはさく) 磐裂、(ここ)には以簸娑窶(いはさく)()ふ。根裂神(ねさくのかみ)()磐筒男(いはつつのを)磐筒女(いはつつのめ)()める子経津(ふつ) 経津、此には賦都(ふつ)と云ふ。主神(ぬしのかみ)(これ)()けむ」とまをす。

(現代語訳)

この後、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)はさらに神々を召集して、葦原中国(あしはらのなかつくに)に遣わすべき者を選定された。神々はみな、「磐裂(いわさく)〔「磐裂」はここではイハサクという。〕根裂神(ねさくのかみ)の子の磐筒男(いわつつのお)磐筒女(いわつつのめ)が生んだ子経津(ふつ)〔「経津」はここではフツという〕主神(ぬしのかみ)、この神がよいでしょう」と申し上げた。

《出典》小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守校注/訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀1』(小学館、一九九四年、一一六~一一七頁)

 

ここで記されている磐裂根裂(イワサクネサク)神というのは一柱の神とも解釈できるが、磐裂(イワサク)神と根裂(ネサク)神は他の箇所では別の神として登場しているので、磐裂(イワサク)神、根裂(ネサク)神をまとめて磐裂根裂(イワサクネサク)神と称したもので、その夫婦の子が磐筒男(イワツツノオ)磐筒女(イワツツノメ)と解釈すると、次のような系譜ということになる。

イワサクの系図2

この系譜は前述した『日本書紀』神代上第五段一書第七の系譜とも矛盾しないが、後述するように『古事記』や『日本書紀』神代上第五段一書第六ではまた異なった系譜となっている。

 

湯津石村(ゆついわむら)

『古事記』においても同様の神話があり、伊耶那岐(イザナキ)命が火の神・迦具土(カグツチ)神を斬った時に、剣に付いた血が湯津石村(ゆついわむら)という磐の群れに飛び散ると、石拆(イワサク)神、根拆(ネサク)神、石筒之男(イワツツノオ)神、甕速日(ミカハヤヒ)神、樋速日(ヒハヤヒ)神、建御雷之男(タケミカヅチノオ)神が生まれる。湯津石村(ゆついわむら)五百箇磐石(いおついわむら)の別名と言える。

 

(書き下し文)

(ここ)に、伊耶那岐命(いざなきのみこと)御佩(みは)かしせる十拳(とつか)(つるぎ)()きて、其の子迦具土神(かぐつちのかみ)(くび)()りき。(しか)くして、其の御刀(みはかし)(さき)()ける血、湯津石村(ゆついはむら)(はし)()きて、成れる神の名は、石拆神(いはさくのかみ)。次に、根拆神(ねさくのかみ)。次に、石筒之男神(いはつつのをのかみ)()はしらの神〉。次に、御刀(みはかし)(もと)()ける血も(また)湯津石村(ゆついはむら)(はし)()きて、成れる神の名は、甕速日神(みかはやひのかみ)。次に、樋速日神(ひはやひのかみ)。次に、建御雷之男神(たけみかづちのをのかみ)(また)の名は、建布都神(たけふつのかみ)。亦の名は、豊布都神(とよふつのかみ)()はしらの神〉。

(現代語訳)

そこで、伊耶那岐命(いざなきのみこと)は腰に帯びられた十拳(とつか)(つるぎ)を抜いて、その子迦具土神の首を()った。そうして、その御刀の切っ先についた血が、神聖な(いわ)の群れにほとばしりついて、そこに成った神の名は、石拆神(いわさくのかみ)。次に、根拆神(ねさくのかみ)。次に、石筒之男神(いわつつのおのかみ)〔三柱の神〕。次に、御刀の(つば)についた血もまた、神聖な石の群れにほとばしりついて、成った神の名は、甕速日神(みかはやひのかみ)。次に、樋速日神(ひはやひのかみ)。次に、建御雷之男神(たけみかずちのおのかみ)。またの名は、建布都神(たけふつのかみ)。またの名は、豊布都神(とよふつのかみ)〔三柱の神〕。

《出典》山口佳紀・神野志隆光校注/訳『新編日本古典文学全集1 古事記』(小学館、一九九七年、四三頁)

イワサクの系図3

「火の神の血」が付いた「磐の群れ」から生まれた神々

つまり「火の神の血」が付いた「磐の群れ」から生まれた神々は次の八柱ということになる。

 

磐裂(イワサク)神(石拆(イワサク)神)……【石の章/磐裂神】で後述。

根裂(ネサク)神(根拆(ネサク)神)……【石の章/磐裂神】で後述。

磐筒男(イワツツノオ)神(石筒之男(イワツツノオ)神)……【石の章/磐筒男神、磐筒女神】で後述。

磐筒女(イワツツノメ)神……【石の章/磐筒男神、磐筒女神】で後述。

経津主(フツヌシ)神……【石の章/斎主神】で後述。

甕速日(ミカハヤヒ)神……【速の章/甕速日神】で前述。

熯速日(ヒノハヤヒ)神(樋速日(ヒハヤヒ)神)……【速の章/熯速日神】で前述。

武甕槌(タケミカヅチ)神(建御雷之男(タケミカヅチノオ)神)……【甕の章/武甕槌神】で後述。

 

五百箇磐石(いおついわむら)=星の群れ

これら八柱の神々のうち、熯速日(ヒノハヤヒ)神、武甕槌(タケミカヅチ)神を除く六柱は、星宮(ほしのみや)神社、(ほし)神社、速星(はやほし)神社といった名前に星が付く神社に(まつ)られている星の神である。

そして五百箇磐石(いおついわむら)もまた、星宮(ほしのみや)神社、(ほし)神社、速星(はやほし)神社に(まつ)られている星の神である(【石の章/五百箇磐石】で後述する)。

このため【序文】で述べたように、この神話は星の神話であり、「火の神の血」が「磐の群れ」に付き「火のように輝く磐の群れ」つまり「星の群れ」となる神話と考えられる。

 

五百箇磐石(いおついわむら)(すばる)

この神話で生まれた八柱の神々のうち、熯速日(ヒノハヤヒ)神は、【速の章/補足 アマテラスとスサノオの誓約の意味】で前述したように、『日本書紀』神代上第六段一書第三、および神代上第七段一書第三においては、天照(アマテラス)大神と素戔嗚(スサノオ)尊の誓約(うけい)の際に「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれている。

つまり熯速日(ヒノハヤヒ)神には「五百箇磐石(いおついわむら)=星の群れ」から生まれる神話と「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれる神話がある。そして(すばる)は星の群れであるため、この二つは同じもの、つまり「五百箇磐石(いおついわむら)(すばる)」と推定できる。

 

天安河(あまのやすのかわ)の意味

五百箇磐石(いおついわむら)は『日本書紀』神代上第五段一書第六では天安河辺(あまのやすのかわら)に、同段一書第七では天八十河中(あまのやそのかわら)にあるとされる。天八十河(あまのやそのかわ)天安河(あまのやすのかわ)の別名であり、『古語拾遺(こごしゅうい)』では天八湍河(あまのやせのかわ)とも言う。

【序文】で述べたように、一条兼良『日本書紀纂疏(にほんしょきさんそ)』(十五世紀成立)においては、天安河(あまのやすのかわ)は天の川と解釈されている。

また、ドイツの日本学者であるカール・フローレンツ(Japanische Mythologie, 1901, p.43)や、イギリスの日本学者であるW・G・アストン(Shinto: the Way of the Gods, 1905, p.97)、構造人類学者の北沢方邦(きたざわまさくに)(『日本人の神話的思考』講談社、一九七九年、九九頁)、民族学者の大林太良(おおばやしたりょう)(『銀河の道 虹の架け橋』小学館、一九九九年、五七頁)、国文学者の勝俣隆(かつまたたかし)(『星座で読み解く日本神話』大修館書店、二〇〇〇年、一八五頁)なども、天安河(あまのやすのかわ)を天の川と解釈しており、妥当な解釈と考えている。

『万葉集』の七夕歌においても「(あま)(がは) (やす)の渡りに 舟()けて 秋立ち待つと (いも)()げこそ」(巻第十、二〇〇〇番歌)、「天の川 (やす)川原(かはら)に」(巻第十、二〇三三番歌)、「天の川 (やす)川原(かはら)の」(巻第十、二〇八九番歌)など、天の川と天安河(あまのやすのかわ)を同一視した歌がある。

 

天安河辺(あまのやすのかわら)にある五百箇磐石(いおついわむら)の意味

つまり、天安河辺(あまのやすのかわら)にある五百箇磐石(いおついわむら)とは「天の川近辺にある星の群れ」ということになる。

(すばる)は西洋の星座で言えばおうし座にあるが、天の川はおうし座を通っており、(すばる)は「天の川近辺にある星の群れ」という形容に合致していると言える。

これにより、前述した「五百箇磐石(いおついわむら)(すばる)」という推定が裏付けられる。

 

天の川は星の群れには見えない

なお、「天の川近辺にある星の群れ」というのは天の川そのものでは、と思われるかもしれないが、肉眼では天の川は星の群れには見えず、薄雲のような光の帯に見える。

ガリレオ・ガリレイが望遠鏡観測によって天の川が星の群れであることを確認し、著書『星界の報告』(Sidereus Nuncius, 1610)で公表したのは十七世紀になってからである。

 

(すばる)から生まれた流星の神

【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は(すばる)から来る」という考え方があったと思われる。「五百箇磐石(いおついわむら)(すばる)」から生まれた八柱の神々も流星の神と考えられる。

八柱の神々のうち、経津主(フツヌシ)神、武甕槌(タケミカヅチ)神は葦原中国(あしはらのなかつくに)(地上)の平定のため天降る神でもある。この点からも天降る星の神=流星の神であることが裏付けられる。

また、磐筒男(イワツツノオ)神は速星(はやほし)神社の祭神でもあるが、「速星(はやほし)」は速い星である「流星」の意と考えられるので、この点からも流星の神であることが裏付けられる。

 

伊奘諾(イザナキ)尊の剣と五百箇磐石(いおついわむら)

【速の章/補足 アマテラスとスサノオの誓約の意味】では、素戔嗚(スサノオ)尊の剣が「からすき星(オリオン座の三つ星の和名)」を意味しており、「(すばる)五百箇御統(いおつのみすまる))」と共に流星の神を生み出すという関係があることを前述した。

伊奘諾(イザナキ)尊の剣についても素戔嗚(スサノオ)尊の剣と同じく「(すばる)五百箇磐石(いおついわむら))」と共に流星の神を生み出すという関係があるため、同じく「からすき星」を意味していると考えられる。

これについては【玉の章/補足 イザナキの剣の意味】で後述する。

 

五百箇磐石(いおついわむら)と八柱の神々の異伝

『日本書紀』神代上第五段一書第六には、五百箇磐石(いおついわむら)と八柱の神々が全て登場する異伝が記されている。

 

(書き下し文)

(また)(つるぎ)()より(しただ)る血、(これ)天安河辺(あまのやすのかはら)()五百箇磐石(いほついはむら)()る。即ち此経津主神(ふつぬしのかみ)(おや)なり。復剣の(つみは)より垂る血、激越(たばし)りて神に為る。(なづ)けて甕速日神(みかはやひのかみ)(まを)す。次に熯速日神(ひのはやひのかみ)。其の甕速日神は(これ)武甕槌神(たけみかづちのかみ)(おや)なり。(また)甕速日命(みかはやひのみこと)、次に熯速日命(ひのはやひのみこと)、次に武甕槌神(たけみかづちのかみ)(まを)す。(また)(つるぎ)(さき)より(しただ)る血、激越(たばし)りて神に()る。(なづ)けて磐裂神(いはさくのかみ)(まを)す。次に根裂神(ねさくのかみ)。次に磐筒男命(いはつつのをのみこと)(ある)()はく、磐筒男命と磐筒女命(いはつつのめのみこと)といふ。

(現代語訳)

また剣の刃からしたたり落ちる血が天安河辺(あまのやすのかわら)にある多くの岩石となった。これが経津主神(ふつぬしのかみ)の祖である。また剣の(つば)からしたたり落ちる血がほとばしって神となった。名付けて甕速日神(みかはやひのかみ)と申す。次に熯速日神(ひのはやひのかみ)。この熯速日神は武甕槌神(たけみかづちのかみ)の祖である〔または甕速日命(みかはやひのみこと)、次に熯速日命(ひのはやひのみこと)、次に武甕槌神(たけみかづちのかみ)と申す〕。また剣の先からしたたり落ちる血がほとばしって神となった。名付けて磐裂神(いわさくのかみ)と申す。次に根裂神(ねさくのかみ)。次に磐筒男命(いわつつのおのみこと)〔一説に、磐筒男命と磐筒女命(いわつつのめのみこと)という〕。

《出典》小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守校注/訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀1』(小学館、一九九四年、四三~四五頁)

イワサクの系図4

なお、この現代語訳中の「熯速日神は武甕槌神(たけみかづちのかみ)の祖」は誤訳であり、「甕速日神は武甕槌神(たけみかづちのかみ)の祖」が正しい訳である。

こちらの話では経津主(フツヌシ)神の祖は五百箇磐石(いおついわむら)とされているが、経津主(フツヌシ)神以外の七柱と五百箇磐石(いおついわむら)は、伊奘諾(イザナキ)尊の剣からしたたり落ちる軻遇突智(カグツチ)の血から生まれたとされている。

複数の異伝をまとめた話となっており、比較的新しい話と思われる。そのため『古事記』や『日本書紀』神代上第五段一書第七の「火の神の血」が「磐の群れ」に付く話からは変化した形になっているものと思われる。

 

まとめ

軻遇突智(カグツチ)の血が五百箇磐石(いおついわむら)に付き神々が生まれる神話は、「火の神の血」が「磐の群れ」に付き「火のように輝く磐の群れ」つまり「星の群れ」となる神話。

熯速日(ヒノハヤヒ)神には「五百箇磐石(いおついわむら)=星の群れ」から生まれる神話と「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれる神話がある。つまりこの二つは同じもので「五百箇磐石(いおついわむら)(すばる)」。

五百箇磐石(いおついわむら)天安河辺(あまのやすのかわら)(天の川近辺)にあるという記述にも(すばる)は合致する。

「流星は(すばる)から来る」とされたので、「五百箇磐石(いおついわむら)(すばる)」から生まれた神々は流星の神。