補足 天岩戸、天安河の河上の意味
天岩戸=日食・月食・流星を発生させる天の穴=昴、天安河の河上=おうし座付近。
「天岩戸は昴・天阿・天街・天関のいずれか」説
天岩戸は、天磐戸、天石屋戸、天石屋、天磐屋、天石窟などとも言う。
国文学者の勝俣隆は、著書『星座で読み解く日本神話』(大修館書店、二〇〇〇年)において、宵の明星を夕星とも言うことから「ツツは星の意」とする説を支持しており、星は天にある天井のような層を貫通する「筒」状の穴から漏れる光とみなされていたとした。
また、火瓊瓊杵尊が降臨する道にあるとされる「天の八衢」(衢は分かれ道の意)は、この「筒」状の穴が多数分岐して星の集合に見えているもの、つまり昴のことと解釈した。
そして太陽神の天照大御神が隠れる天の石屋戸(天岩戸)についても、天の八衢と同様に天の層に開いた岩穴と考えられるので、昴あるいはその近辺にあって中国で天上界への出入り口とみなされた星である天阿・天街・天関のいずれか、とした。
筆者は「ツツは星の意」説を支持しておらず、ゆえに天の八衢も昴とは考えていない(【櫛の章/補足 ユウツヅの意味】、【玉の章/補足 アマノヤチマタの意味】で後述)。このため勝俣説とは根拠が異なる点もあるが、天岩戸が天の穴で昴と考えられるという点については同意できる。
天岩戸の意味
では、なぜ天岩戸は天の穴で昴と考えられるのか。
日の神とされる天照大神が天岩戸に隠れると世界が常闇となるという天岩戸隠れの神話は、「日が天岩戸に隠れると日食が起こる」という考え方があった事を示していると思われる。
であれば「月が天岩戸に隠れると月食が起こる」という考え方もあったであろうと類推できる。
また、天岩戸については天岩戸隠れの神話が有名だが、日本神話には他にも天岩戸が登場する場面がいくつかあり、『日本書紀』神代下第九段一書第四では、高皇産霊尊が天磐戸(天岩戸)を引き開けて火瓊瓊杵尊を天降らせている。
序文で述べたように火瓊瓊杵尊は流星の神と考えられるので、火瓊瓊杵尊が天岩戸から天降るこの神話は「流星は天岩戸から出てくる」という考え方があった事を示していると思われる。
つまり天には天井のような層があり、天岩戸はその天井にある開閉する穴(戸・門・窓・隙間)のようなもので、その天の穴に日や月(の神)が入って隠れると日食・月食が起こり、流星(の神)はその天の穴から出てくる、という世界観があったと思われる。
そして【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は昴から来る」という考え方もあったと思われるので「天岩戸=昴」と推定できる。つまりこの天の穴は昴の位置にあると考えられていたと思われる。
天安河の河上の意味
天照大神の天岩戸隠れの際には、多くの神々が「天安之河原」(『古事記』)、「天安河辺」(『日本書紀』神代上第七段本文)に集ってこれに対処している。これは天岩戸が天安河の近辺にあることを示していると言える。
そして『古事記』には天安河の河上の天石屋(天岩戸)に伊都之尾羽張神(別名、天尾羽張神)という神が住んでいると記されている。
では、この天岩戸がある「天安河の河上」とはどこか。
【速の章/熯速日神】で前述したように天安河は夜空の天の川の意とする説があり、妥当な説と考えている。天の川は太陽系がある天の川銀河の星々であり、光害の少ない所では天球を一周する薄雲のような光の帯として見える。
夏に見えるいて座付近の天の川は、天の川銀河の中心(超大質量ブラックホールいて座A*がある)の方向に当たるため星が多く、天の川の中でも特に明るく幅が広い箇所である。このいて座付近の天の川が、一般に水量が多く川幅が広い「河下」に見立てられていると考えられる。
これに対して、いて座A*の天球上の反対側は、おうし座ベータ星あたりとなる。冬に見えるおうし座付近の天の川は、天の川銀河の外縁方向に当たるため星が少ない。このため天の川の光は弱く幅も狭く、途切れているようにも見える。
天岩戸がある「天安河の河上」とは、つまりこのおうし座付近を意味すると考えられる。そして昴はおうし座にあるので、これにより「天岩戸=昴」という推定が裏付けられる。
河上の湯都磐村の意味
『万葉集』に次のような歌がある(巻第一、二二番歌)。
河上の 湯都磐村に 草生さず 常にもがもな 常処女にて
【速の章/熯速日神】で前述したように「五百箇磐石(湯津石村)=昴」と考えられるので、この歌の「河上の湯都磐村」というのも、天の川の河上にある昴の意と考えられる。
昴と日・月
昴の位置は黄道(太陽の見かけ上の通り道)・白道(月の見かけ上の通り道)の付近でもあり、このため昴が月に隠される星食(すばる食)が発生することもある。昴が日・月の通り道にあるというこの位置関係が「天岩戸=昴」が日食・月食を起こすものとされた一因と考えられる。
五伴緒、諸部の神の意味
天岩戸隠れの神話に登場する神の多くは火瓊瓊杵尊と共に天降る神でもある。
たとえば『古事記』において五伴緒と称される次の五柱の神々は、『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』『先代旧事本紀』において天岩戸隠れの神話に登場し、かつ火瓊瓊杵尊と共に天降っている。
・天児屋命
・布刀玉命……【玉の章/太玉命】で後述。
・天宇受売命
・伊斯許理度売命……【石の章/石凝姥命】で後述。
・玉祖命……【櫛の章/櫛明玉神】で後述。
また『古語拾遺』において太玉命は、諸部の神と称される次の十柱の神々を率いて天岩戸隠れの神話において各種の捧げ物を作らせている。そして太玉命が天津彦尊(火瓊瓊杵尊の別名)と共に天降る際にも、これら諸部の神を率いるよう天照大神・高皇産霊尊から命じられている。
・石凝姥神……【石の章/石凝姥命】で後述。
・長白羽神……【石の章/長白羽神】で後述。
・天日鷲神
・津咋見神
・天羽槌雄神……【石の章/建葉槌命】で後述。
・天棚機姫神
・櫛明玉神……【櫛の章/櫛明玉神】で後述。
・手置帆負……【火の章/手置帆負神】で後述。
・彦狭知
・天目一筒神……【櫛の章/天久斯麻比止都命】で後述。
これら五伴緒や諸部の神は、天岩戸隠れの神話に登場する「天岩戸=昴」の神であり、序文で述べた流星の神・火瓊瓊杵尊と共に天降るので、流星の神でもあると考えられる。
つまり、【速の章/速秋津日命】で前述した「昴と流星の神」であり、「昴の神=流星の神」という考え方があったことを裏付けるものと言える。
まとめ
・天岩戸は天の開閉する穴(戸・門・窓・隙間)。その穴に日・月が隠れると日食・月食となり、流星はその穴から出てくる。「流星は昴から来る」ので「天岩戸=昴」。
・天岩戸がある「天安河の河上」とは、天の川の光が弱く幅も狭い、おうし座付近。
・天岩戸隠れの神話に登場する神の多くは、序文で述べた流星の神・火瓊瓊杵尊と共に天降るので、流星の神でもある。【速の章/速秋津日命】で前述した「昴と流星の神」。
関連ページ
・【速の章/熯速日神】……五百箇磐石(湯津石村)=昴。
・【櫛の章/櫛石窓神】……天岩戸の神で「昴と流星の神」。
・【櫛の章/櫛真智命】……天岩戸の神。
・【櫛の章/補足 ユウツヅの意味】……神名中のツツはツチと同義。星の意ではない。
・【甕の章/大背飯三熊之大人】……三熊は天岩戸の意。
・【甕の章/撞賢木厳之御魂天疎向津媛命】……八咫鏡も「昴と流星の神」。
・【玉の章/補足 伊奘諾尊の剣の意味】……天岩戸に住む伊都之尾羽張神の意味。
・【玉の章/補足 アマノヤチマタの意味】……アマノヤチマタはオリオン座の三つ星中央の星から八方の星へのライン。
・【火の章/豊御富】……天真名井も天岩戸と同じく流星を生み出す天の穴。
・【火の章/補足 天津真浦の意味】……天津真浦(天津麻羅)も「昴と流星の神」。
・【火の章/補足 天羽羽矢、天之加久矢、天真鹿児矢の意味】……天石屋(天岩戸)に住む伊都之尾羽張神への使者、天迦久神は「天の輝きの神」の意。