補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味
「素戔嗚尊の剣=からすき星」と「五百箇御統=昴」から流星の神が生まれる。
天照大神と素戔嗚尊の誓約
【速の章/速素戔嗚尊】で前述したように、素戔嗚尊が高天原の天照大神に会いに行くと、国を奪いに来たのではないかと疑われた。このため、互いの持ち物を交換してその物から互いに神を生み出し、生み出された神の性別によって悪意の有無を占う誓約を行う。
『日本書紀』神代上第六段本文によれば、素戔嗚尊が持つ十握剣を、天照大神が天真名井でふりすすいで噛んで吹き棄てた息吹の霧から、次の三柱の女神が生まれる。
・田心姫……【速の章/補足 タギツヒメ、タゴリヒメの意味】で後述。
・湍津姫……【速の章/補足 タギツヒメ、タゴリヒメの意味】で後述。
・市杵島姫
いわゆる宗像三女神であり、宗像大社(福岡県宗像市)や安芸国一宮とされる厳島神社(広島県廿日市市宮島町1―1)などで祀られている神である。
そして天照大神が持つ八坂瓊之五百箇御統(御統は穴を開けた玉を緒で連ねて輪にした装飾品)を、素戔嗚尊が天真名井でふりすすいで噛んで吹き棄てた息吹の霧から、次の五柱の男神が生まれる。
・正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊……【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述。
・天穂日命……【火の章/天穂日命】で後述。
・天津彦根命……【櫛の章/天久斯麻比止都命】で後述。
・活津彦根命
・熊野櫲樟日命……【櫛の章/熊野櫲樟日命】で後述。
なお、『日本書紀』神代上第六段一書第三、および神代上第七段一書第三においては、【速の章/熯速日神】で前述した熯速日神を含む六柱の男神が生まれる。
素戔嗚尊の剣と五百箇御統の意味
構造人類学者の北沢方邦は『日本人の神話的思考』(講談社、一九七九年、101頁)、『天と海からの使信 理論神話学』(朝日出版社、一九八一年、31頁)などにおいて、この誓約に登場する素戔嗚尊の十握剣はオリオン座の三つ星、八坂瓊之五百箇御統は昴と解釈している。
素戔嗚尊の十握剣の別名の一つが『日本書紀』神代上第八段一書第三に記されている「蛇韓鋤之剣」である。坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本古典文学大系67 日本書紀 上』(岩波書店、一九六七年)ではこれを「おろちのからさひのつるぎ」と呼んでいる。
しかし、普通に読めば「韓鋤」は「からすき」である。「からすき(唐鋤、犂)」とは、牛馬にひかせるなどして田畑を耕すのに使う農具の名前である。正倉院には子日手辛鋤という天平宝字二年(七五八年)正月初子の日の儀式で用いたとされる犂が伝わっている。
そしてオリオン座の三つ星の和名も「からすき星」と言う。周辺の星を含めて言う場合もある。
また、八坂瓊之五百箇御統は、五百箇御統、八坂瓊之曲玉、八尺勾璁之五百津之御須麻流之珠とも言う。『日本紀竟宴和歌』に収められている延喜六年(九〇六年)の矢田部公望の歌においては「耶佐賀珥迺伊朋津儒波屢濃多莽」と詠まれており、この場合は「すばる」となっている。
序文で述べたように日本語の子音のmとbは交替することがあり、「昴」も「すまる」とも言う。
夜空で昴を探す方法として、まずは見つけやすいオリオン座を見つけて、その三つ星をつなぐ延長線上を探すと昴が見つかる、という方法がある(完全に延長線上ではなく、少しずれはある)。
からすき星(オリオン座の三つ星)と昴にはこのような関連があり、素戔嗚尊の剣はオリオン座の三つ星、五百箇御統は昴とする説を裏付けており、妥当な説と考えている。
オリオン座の三つ星の連なりを剣に、星が密集している昴を御統に見立てたものと考えられる。

Adapted from "Orion, Taurus and Pleiades"
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誓約から生まれた神の意味
北沢方邦はこの誓約によってからすき星から生まれた宗像三女神はからすき星の三つ星の神、昴から生まれた五柱(または六柱)の男神たちは昴の星々の神と考えた。
昴は肉眼では5~7個程度の星に見えるので、これらの神々の数が、からすき星と昴の星の数に由来しているという点については同意できる。
しかし筆者はこれらの神々は、からすき星や昴の神ではなく、流星の神と考えている。
この誓約によって「五百箇御統=昴」から生まれた五柱(または六柱)の男神たちは、【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は昴から来る」という考え方があったと思われるので、流星の神と考えられる。
「素戔嗚尊の剣=からすき星」から生まれた宗像三女神も、『日本書紀』神代上第六段一書第一では筑紫洲へ、同段一書第三では葦原中国の宇佐嶋へ天降る神である。このため、やはり天降る星の神=流星の神と考えられる。
また、これらの神々は剣や五百箇御統を天真名井でふりすすいで噛んで吹き棄てた息吹の霧から生まれている。これは【速の章/速玉之男】で前述した流星を天の神が吐いた唾に見立てる考え方と同様であり、この点からもこれらの神々は流星の神と考えられる。
つまり、この神話には次のような「見立て」が含まれていると考えられる。
・素戔嗚尊の剣=男性器=からすき星
・天照大神が持つ五百箇御統=女性器=昴
・素戔嗚尊の剣と五百箇御統から神を生み出す=交合
・素戔嗚尊の剣と五百箇御統から生まれた神=交合から生まれた子=流星の神
流星の神である宗像三女神が、からすき星から生まれるのは「流星は昴から来る」という考え方に反するようにも見えるが、からすき星と昴の交合から生まれていると考えると理解できる。
天安河をはさんで行われる意味
この誓約は『古事記』や『日本書紀』神代上第六段一書第三によれば、天安河をはさんで行われたとされる。【速の章/熯速日神】で前述したように天安河は夜空の天の川の意とする説があり、妥当な説と考えている。
からすき星と昴は天の川をはさんでいるとは言い難いが、天の川近辺にあるとは言える。
そもそも天安河をはさんで互いの持ち物を交換するというのも不自然な話である。このため元は天安河近辺で行われたという話だったものが、天安河近辺で行われた→天安河で行われた→天安河をはさんで行われた、といったように変化したものと思われる。

出典:国立天文台
素戔嗚尊が天照大神に会いに行く意味
『日本書紀』神代上第五段一書第十一には、月の神・月夜見尊が保食神を殺したことを日の神・天照大神が怒り、月夜見尊と離れて住むようになったとある。
これは日と月が離れて現れる理由を説明した神話と考えられる(実際は日に近い月はほとんど見えないため離れて現れるように見える)。
【速の章/速素戔嗚尊】で前述したように素戔嗚尊は流星の神と考えられる。
このため、流星の神・素戔嗚尊が日の神・天照大神に会いに行く天照大神と素戔嗚尊の誓約の神話もまた、流星が夜空を流れ落ちる理由を「流星は地平線下の日に会いに行く星」と説明した神話と思われる。
これについては【石の章/補足 火瓊瓊杵尊の降臨地名の意味】でも後述する。
伊奘諾尊の剣の意味
伊奘諾尊の剣についても素戔嗚尊の剣と同様に「昴(五百箇磐石・天岩戸)」との間に流星の神が生まれる神話がある。このため伊奘諾尊の剣も素戔嗚尊の剣と同様に「からすき星」を意味していると考えられる。
これについては【玉の章/補足 伊奘諾尊の剣の意味】で後述する。
まとめ
・天照大神と素戔嗚尊の誓約は「素戔嗚尊の剣=男性器=からすき星」と「天照大神が持つ五百箇御統=女性器=昴」の交合から流星の神が生まれる神話。
・流星の神・素戔嗚尊が日の神・天照大神に会いに行くこの神話は、流星が夜空を流れ落ちる理由を「流星は地平線下の日に会いに行く星」と説明した神話と思われる。
関連ページ
・【速の章/速素戔嗚尊】……日の神、月の神と共に生まれた天降る速い星の神。
・【速の章/熯速日神】……誓約から生まれる神話もある。
・【速の章/速玉之男】……流星は天の神が吐いた唾。
・【櫛の章/櫛明玉神】……櫛明玉神が作った玉も五百箇御統であり昴を意味する。
・【甕の章/天御梶日女命】……天なるや弟棚機のうながせる玉の御統=五百箇御統。
・【甕の章/大背飯三熊之大人】……誓約から生まれた天穂日命の子。
・【甕の章/撞賢木厳之御魂天疎向津媛命】……天照大神は「昴と流星の神」でもある。
・【玉の章/天神玉命】……三統彦命の三統は五百箇御統の御統と同じく昴の意。
・【玉の章/補足 伊奘諾尊の剣の意味】……伊奘諾尊の剣=からすき星。
・【火の章/豊御富】……天真名井も「昴」と「からすき星」を意味する。
・【火の章/補足 天羽々斬の意味】……素戔嗚尊の剣の別名。
・【火の章/補足 御倉板挙之神、天湯河板挙、鳥取の意味】……御倉板挙之神=五百箇御統。
・【石の章/補足 八坂の意味】……八坂彦命の八坂は八坂瓊の略。
・【石の章/補足 火瓊瓊杵尊の降臨地名の意味】……日向=日へ向かうもの=流星。