豊御富
井光の別名。神武天皇が吉野で会った、光って尾がある神。つまり光り輝き尾を引く流星の神。
光って尾がある神
豊御富(トヨミホ)は『新撰姓氏録』大和国神別 地祇 吉野連の条に登場する神であり、『古事記』では井氷鹿、『日本書紀』では井光という。神武天皇が吉野で会った神とされる。
『古事記』神武天皇の段には次のように記されている。
(書き下し文)
其地より幸行せば、尾生ひたる人、井より出で来たり。其の井に光有り。爾くして、問ひしく、「汝は、誰ぞ」ととひしに、答へて曰ししく、「僕は、国つ神、名は井氷鹿と謂ふ〈此は、吉野首等が祖ぞ〉」とまをしき。
(現代語訳)
その地からさらに進んでいらっしゃると、尾の生えた人が、井戸の中から出てきた。その井戸は光っている。そこで、尋ねて、「お前は、だれか」と問うたところ、答えて、「私は、国つ神で、名は井氷鹿といいます〔これは、吉野首らの祖先である〕」と申し上げた。
《出典》山口佳紀・神野志隆光校注/訳『新編日本古典文学全集1 古事記』(小学館、一九九七年、一四九頁)
『日本書紀』神武天皇即位前紀戊午年八月の条には次のように記されている。
(書き下し文)
吉野に至りましし時に、人有りて井中より出でたり。光りて尾有り。天皇問ひて曰はく、「汝は何人ぞ」とのたまふ。対へて曰さく、「臣は是国神なり。名けて井光と為ふ」とまをす。此則ち吉野の首部が始祖なり。
(現代語訳)
吉野に到着された時に、井戸の中から現れた者がいた。身体が光っていて尾があった。天皇は問われて、「お前は何者か」と仰せられた。答えて、「私は国神です。名を井光と申します」と申し上げた。これは吉野の首部の始祖である。
《出典》小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守校注/訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀1』(小学館、一九九四年、二〇九頁)
『新撰姓氏録』大和国神別 地祇 吉野連の条には次のように記されている。
(書き下し文)
吉野連、加弥比加尼の後なり。諡は神武天皇、吉野に行幸でまして、神瀬に到りて、人を遣して、水を汲ましめたまひしに、使者還りて曰はく、井に光る女有りといふ。天皇、召して問ひたまはく、汝は誰人ぞとのたまふ。答へて曰さく、妾は是天自り降り来つる白雲別神の女なり。名を豊御富と曰ふとまうす。天皇、即ち水光姫と名づけたまひき。今の吉野連が祭れる水光神是なり。
《出典》佐伯有清『新撰姓氏録の研究 考證篇 第四』(吉川弘文館、一九八二年、五二頁)
なお『日本書紀』天武天皇十二年十月の条に吉野首が連の姓を賜った旨が記されているので、記紀の吉野首と『新撰姓氏録』の吉野連は同じ氏族であることがわかる。
「獣皮の尻当てをしている鉱夫」ではない
国文学者の西宮一民は、井氷鹿について次のように述べている。
尾があるとは、鉱夫や樵夫が獣皮の尻当てをしている姿を言い、光のある井戸とは水銀の坑口をさすか。吉野川上流の丹生川の「丹生」は水銀の朱砂(辰砂)を産出することに基づく名。そのために赤く光るのである。
《出典》西宮一民校注『新潮日本古典集成 古事記』(新潮社、一九七九年、四〇一頁)
このような単独の神にしか適用できないような解釈は、こじつけに陥りやすく信憑性に欠ける。
【櫛の章/倭大物主櫛𤭖玉命】で前述した流星の神・大物主神や、【火の章/肥長比売】で前述した流星の神・肥長比売のように、海を照らし蛇の姿を持つ神、つまり井光と同じく光って尾がある神の例があるので、本書ではこれらの神においても同様に適用できるような解釈を行う。
つまり、光って尾がある神という井光の描写は、光り輝き尾を引く流星の神であることを意味していると考えられる。
各文献における名前
『古事記』……井氷鹿
『日本書紀』……井光
『新撰姓氏録』……加弥比加尼、豊御富、水光姫、水光神
『先代旧事本紀』……井光
神名解釈
神名の豊御富(トヨミホ)を解釈すると、
豊……「ゆたかなこと」(『時代別国語大辞典 上代編』三省堂)。
ミホ……【火の章/三穂津姫】で前述したように「水火」つまり「水のように流れる星」である「流星」の意。
これにより豊御富は「豊かな水のように流れる星」「豊かな流星」と解釈できる。
別名の水光姫(ミヒカヒメ)を解釈すると、
水光……「水火」と同様に「水のように流れる光」である「流星」の意。
ヒメ……女神の神名末尾のパターン。
これにより水光姫は「水のように流れる光の女神」「流星の女神」と解釈できる。
水光神は「水のように流れる光の神」「流星の神」と解釈できる。
井光(井氷鹿、イヒカ)という神名や、井から出てくるという話もまた、流星を天の井戸から湧出した「水のように流れる光」と見た神名・神話と考えられる。
天真名井の意味
【速の章/補足 アマテラスとスサノオの誓約の意味】で前述した天真名井が、この流星を生み出す天の井戸と考えられる。
そしてこれは【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】で前述した天岩戸と同じく流星を生み出す天の穴ということになるので、天岩戸と同じく昴と考えられる。
ただし、天照大神と素戔嗚尊の誓約の神話には複数の異伝があり、『日本書紀』神代上第六段一書第二では、天真名井を三箇所掘る、という記述がある。
このため昴と「交合」して流星を生み出す「からすき星(オリオン座の三つ星の和名)」を天真名井と見る考え方もあったと思われる。
天真名井(あまのまない)の名前を解釈すると、「な」は古語で「〜の」を意味する連体助詞と考えられるので、「天の間(隙間)の井」と解釈できる。
また、天真名井は別名、天渟名井とも言う。
『日本書紀』神代上第四段本文において「天之瓊矛」の分注として「瓊は玉なり。これを努という」とあるように「ぬ」は「玉」を意味し、「玉」は【玉の章】で前述したように「星」を「玉」に見立てたものと考えられるので、天渟名井(あまのぬない)は「天の星の井」と解釈できる。
まとめ
豊御富(トヨミホ)……流星の神
光って尾がある神・井光の別名。つまり光り輝き尾を引く流星の神。
豊御富のミホは「水火」つまり「水のように流れる星」、別名の水光姫・水光神の「水光」は「水のように流れる光」で共に「流星」の意。
井光が出てくる井は、流星を生み出す天の井戸である天真名井。
関連ページ
【石の章/磐排別之子】……井光と同じく神武天皇が吉野で会った尾がある神。