肥長比売
海を照らし蛇の姿を持つ火球の神。星宮神社・星神社祭神の富能加比売命と同神とみなされている。
海原を照らし蛇の姿を持つ
肥長比売(ヒナガヒメ)は『古事記』垂仁天皇の段に登場する神である。
垂仁天皇の御子である本牟智和気命は成長しても話すことができなかったが、占いによって出雲の大神の祟りとわかり、出雲へ参詣したところ話すことができるようになった。
その後、御子は檳榔の長穂宮に滞在し、そこで肥長比売と一夜を共にした。しかし御子が秘かにのぞき見ると肥長比売の正体は蛇であった。御子が畏れて逃げ出すと肥長比売は海原を照らして追って来たが、なんとか逃げ帰ることができたという。
肥長比売と大物主神
この本牟智和気命と肥長比売の神話は、【櫛の章/倭大物主櫛みか玉命】で前述した倭迹迹日百襲姫命が大物主神の蛇の姿を見て驚き、怒らせてしまう神話と、男女は逆であるが同型の神話である。
海を照らし蛇の姿を持つ点も肥長比売と大物主神は共通している。
このことから肥長比売も大物主神と同様に、光り輝き尾を引く流星(火球)の神と考えられる。
各文献における名前
・『古事記』……肥長比売
神名解釈
肥長比売の「肥」は「火」と同じく乙類のヒなので、本章冒頭で述べたように「星」を「火」に見立てたものと考えられる。肥長比売の「ヒナガ」や、御子が肥長比売と一夜を共にした檳榔の長穂宮の「ナガホ」は、「長い火」つまり尾を引く「長い星」である流星の意と考えられる。
そして「ヒメ」は女神の神名末尾のパターンと考えられるので、肥長比売(ヒナガヒメ)は「流星の女神」と解釈できる。
肥長比売と富能加比売命
島根県出雲市所原町の富能加神社(島根県出雲市所原町3549)は、出雲国神門郡の式内社・富能加神社の論社であり、肥長比売が本牟智和気命と共に祀られている。由緒によれば明治四十四年に移転する前は星神山中腹の巌窟に祀られていたと言う。
島根県出雲市稗原町の市森神社(島根県出雲市稗原町2571)も、元は星宮神社に祀られていた肥長比売命、天御中主神、香之背男神(香々背男神の誤写と思われる)が合祀されている。この市森神社に合祀された星宮神社も式内社・富能加神社の論社である。
この星宮神社は、江戸時代後期に出版された渡部彝編『出雲神社巡拝記』(一八三三年)では「稗原村星之宮大明神」と記されており、その祭神は「ほのかひめの命」とされている。
また、島根県安来市清水町にある星神社(島根県安来市清水町21)の祭神も富能加比売命とされている。
この星宮神社、星神社の祭神である富能加比売命(ほのかひめの命)は、神名からは富能加神社の祭神と思われるが、式内社・富能加神社の論社である島根県出雲市所原町の富能加神社、島根県出雲市稗原町の市森神社は、いずれも現在では肥長比売を祀っているので、富能加比売命(ほのかひめの命)と肥長比売は同神とみなされていると思われる。
まとめ
・肥長比売(ヒナガヒメ)……流星の神
・【櫛の章/倭大物主櫛みか玉命】で前述した流星の神・大物主神と同型の神話。
・海を照らし蛇の姿を持つ点も大物主神と共通。つまり光り輝き尾を引く流星の神。
・肥長比売の「ヒナガ」や長穂宮の「ナガホ」は「長い火」である流星の意。
・明治四十四年に移転する前は星神山にあった富能加神社の祭神。
・星宮神社、星神社の祭神である富能加比売命と同神とみなされていると思われる。
関連ページ
・【火の章/天忍穂耳尊】……別名の天忍穂長根命のホナガ=長い火=流星。
・【火の章/補足 天羽々斬の意味】……「天の大蛇=流星」を斬る剣。