倭大物主櫛みか玉命
大物主神の別名。海を照らしながら来る姿、目を輝かせる蛇の姿を持ち、雷鳴を発する火球の神。
大物主神の別名
倭大物主櫛みか玉命(ヤマトノオオモノヌシクシミカタマ)(「みか」は瓩の千を镸に置き換えた字)は大物主神の別名である。『延喜式』巻第八「祝詞」に収録されている「出雲国造神賀詞」に記されている名である。
大物主神は奈良の三輪山(美和山、三諸山、御諸山、三諸岳)の神であり、大三輪之神とも言う。大和国一宮とされる大神神社(奈良県桜井市三輪1422)などで祀られている。また、甘茂君(賀茂朝臣)や大三輪君らの祖とされる。
大物主神と大己貴神
大物主神が大己貴神の前に出現した際の姿は、『古事記』では「海を光して依り来る神ありき」と記されている。『日本書紀』神代上第八段一書第六では「神しき光海に照して、忽然に浮び来る者有り」と記されている。
なお、この訓み下し文は倉野憲司・武田祐吉校注『日本古典文学大系1 古事記 祝詞』(岩波書店、一九五八年)、坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本古典文学大系67 日本書紀 上』(岩波書店、一九六七年)から引用した。
大物主神と倭迹迹日百襲姫命
また、『日本書紀』崇神天皇十年九月の条によると、孝霊天皇の娘である倭迹迹日百襲姫命は大物主神の妻となる。しかし、大物主神は夜にだけやって来て顔を見ることができなかったので、倭迹迹日百襲姫命は大物主神に朝まで留まって欲しいと願う。
大物主神はこれを了承し、朝には櫛笥(櫛箱)に入っているので自分の姿に驚かないようにと言うが、倭迹迹日百襲姫命が朝に櫛笥を見ると美しい小蛇が入っていたので驚いて叫んでしまう。
これに恥辱を感じた大物主神は人の形に化した後、「大空を踏んで」御諸山に還ってしまい、後悔した倭迹迹日百襲姫命は箸で陰を突いて死んでしまう。
この「大空を踏む」という描写は、神が大空に足音を響かせること、つまり雷鳴の描写と解釈されている。
大物主神と雄略天皇
『日本書紀』雄略天皇七年七月の条によれば、雄略天皇が三諸岳の神の形を見たいと言い、少子部連蜾蠃に捕らえに行かせた。すると雷鳴を発し目を輝かせる大蛇を捕まえてきたので、畏れてその大蛇を三諸岳に放させたという。
この話における三諸岳の神は、大物主神であるとも菟田の墨坂神であるともいわれている旨が記されている。しかし、蛇の姿を持ち雷鳴を発する三諸岳(御諸山)の神という点において倭迹迹日百襲姫命の話と共通しているので、これも大物主神の話と考えられる。
火球の神
これらの話から大物主神は、海を照らしながら来る姿や、目を輝かせる蛇の姿を持ち、雷鳴を発する神ということになるが、これは火球の描写と考えられる。
海を照らしながら来る姿はそのまま海上を飛来する火球であり、目を輝かせる蛇の姿は光り輝き尾を引く火球を見立てたもの、雷鳴を発するのは火球が雷鳴のような衝撃音を発生させることがあるためと考えられる。つまり大物主神は流星(火球)の神ということになる。
各文献における名前
・『古事記』……坐御諸山上神、大物主神、大物主大神、意富美和之大神
・『日本書紀』……大物主神、大三輪之神、大物主大神、於朋望能農之、大三輪神
・『播磨国風土記』……八戸挂須御諸命、大物主葦原志許
・『土佐国風土記』逸文……大神
・『筑前国風土記』逸文……大三輪神
・『古語拾遺』……大物主神
・『新撰姓氏録』……大物主命、大物主神
・『先代旧事本紀』……大物主神
・「出雲国造神賀詞」……倭大物主櫛みか玉命
大物主神は『古事記』では大国主神とは別の神とされているが、『日本書紀』『古語拾遺』『新撰姓氏録』『先代旧事本紀』などでは大国主神(大己貴神)の別名とされ、同一視されている。
ただし『日本書紀』においても、大己貴神の前に大物主神が現れたり、大己貴神が現世を去った後、大物主神が代わりに国津神を率いたりするなど、実際には別の神として登場している。
ここでは大国主神や(大物主神以外の)大国主神の別名については挙げていない。
神名解釈
神名解釈については【玉の章/倭大物主櫛みか玉命】で後述する。
まとめ
・倭大物主櫛みか玉命(ヤマトノオオモノヌシクシミカタマ)……流星の神
・大物主神の別名。
・海を照らしながら来る姿、目を輝かせる蛇の姿を持ち、雷鳴を発する。これは海上を飛来する火球、光り輝き尾を引く火球、火球の衝撃音を意味し、つまり流星(火球)の神。
関連ページ
・【櫛の章/玉櫛媛】……事代主神の妻とも大物主神の妻ともされる。
・【甕の章/倭大物主櫛みか玉命】……神名には「ミカ(甕)」も含まれている。
・【甕の章/武甕槌神】……大物主神と同様に雷鳴のような衝撃音を発生させる火球の神。
・【玉の章/倭大物主櫛みか玉命】……櫛みか玉命の神名解釈など。
・【玉の章/活玉依媛】……大物主神の妻。
・【火の章/肥長比売】……大物主神と同じく海を照らし蛇の姿を持つ。
・【火の章/三穂津姫】……大物主神の妻。
・【火の章/火雷】……大物主神と同様の丹塗矢神話を持つ雷神。
・【火の章/補足 天羽々斬の意味】……「天の大蛇=流星」を斬る剣。
・【石の章/補足 火瓊瓊杵尊の降臨地名の意味】……大神神社の摂社の神坐日向神社や、同じく摂社の高宮神社が祀る日向御子神の「日向」の意味。