流星と昴の日本神話
櫛の章

天久斯麻比止都命

天目一箇(アマノマヒトツ)神の別名。「(あま)()一つ」は日食・月食の意。諸部(もろとものお)の神の一柱で「(すばる)と流星の神」。

 

鍛冶の神・天目一箇(アマノマヒトツ)神の別名

天久斯麻比止都(アマノクシマヒトツ)命(アマノクシマヒトツ)は天目一箇(アマノマヒトツ)神の別名である。『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)山城国(やましろのくに)神別(しんべつ) 天神 菅田首(すがたのおびと)の条に「天久斯麻比止都(アマノクシマヒトツ)命の後なり」と記されている。

『日本書紀』神代下第九段一書第二では、高皇産霊(タカミムスヒ)尊が天目一箇(アマノマヒトツ)神を作金者(かなだくみ)(鍛冶師の意)としたと記されており、天目一箇(アマノマヒトツ)神は鍛冶の神とされる。

 

諸部(もろとものお)の神の一柱

天目一箇(アマノマヒトツ)神は『古語拾遺(こごしゅうい)』において諸部(もろとものお)の神と称される神々の一柱である。

天岩戸隠れの神話に登場して(たち)(おの)(くろがね)(さなき)を作った神である。

また、序文で述べた流星の神・火瓊瓊杵(ホノニニギ)尊と共に天降るので、同じく流星の神と考えられる。

つまり天目一箇(アマノマヒトツ)神は【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】で前述した「天岩戸=(すばる)」の神であり流星の神でもある「(すばる)と流星の神」と考えられる。

 

各文献における名前

・『日本書紀』……天目一箇(アマノマヒトツ)

・『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』……天目一(アマノマヒトツ)

・『古語拾遺(こごしゅうい)』……天目一筒(アマノマヒトツ)命、天目一筒(アマノマヒトツ)

・『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』……天久斯麻比止都(アマノクシマヒトツ)命、天麻比止都祢(アマノマヒトツネ)命、天麻比止津(アマノマヒトツ)乃命

・『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』……天目一箇(アマノマヒトツ)神、天目一(アマノマヒトツ)

 

神名解釈

天目一箇(アマノマヒトツ)神はその神名から一つ目の神とされることが多い。

民俗学者の谷川健一(たにがわけんいち)は『青銅の神の足跡』(集英社、一九七九年、93頁)において「たたら炉の仕事に従事する人たちに、一眼を失する者がきわめて多く、それゆえに、彼らは金属精錬の技術が至難の業とされていた古代には、目一つの神とあおがれたと私は考える」と述べている。

しかしこの神名は「見立て」として解釈すべきと考えている。

『古事記』や『日本書紀』神代上第五段一書第六では、伊奘諾(イザナキ)尊が左目を洗った時に天照(アマテラス)大神が、右目を洗った時に月読(ツクヨミ)尊が生まれたとされる。これは日と月を両目に見立てる考え方を示している。このような考え方は日本だけでなく他国の神話にも見られ、中国神話では盤古(ばんこ)という巨神の両目から日と月が生まれたとされる。エジプト神話では日と月はホルス神の両目とされる。

このように日と月を天の両目に見立てる考え方があったため、その片方が欠ける現象、つまり日食・月食を「(あま)()一つ」と表現したものと考えられる。つまり天目一箇(アマノマヒトツ)神(アマノマヒトツ)は「日食・月食の神」と解釈できる。

そして別名の天久斯麻比止都(アマノクシマヒトツ)命(アマノクシマヒトツ)については、「クシ」は本章冒頭で述べたように「流星」を「櫛」に見立てたものと考えられるので、「(あま)の櫛と()一つの神」つまり「流星と日食・月食の神」と解釈できる。

【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】で前述したように、天岩戸は日食・月食・流星を発生させる天の開閉する穴と考えられるので、これらの神名はつまり天岩戸の神であることを意味する神名と考えられる。これは前述したように天目一箇(アマノマヒトツ)神が天岩戸隠れの神話に登場する神であることからも裏付けられる。

 

天津彦根(アマツヒコネ)

新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)山城国(やましろのくに)神別(しんべつ) 天孫 山背忌寸(やましろのいみき)の条には「天都比古祢(アマツヒコネ)命の子、天麻比止都祢(アマノマヒトツネ)命の後なり」と記されている。つまり天目一箇(アマノマヒトツ)神(天麻比止都祢(アマノマヒトツネ)命)は天津彦根(アマツヒコネ)命(天都比古祢(アマツヒコネ)命)の子とされている。

天津彦根(アマツヒコネ)命は【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】で前述したように、天照(アマテラス)大神と素戔嗚(スサノオ)尊の誓約(うけい)の際に「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれた男神の一柱である。

【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は(すばる)から来る」という考え方があったと思われるので、天津彦根(アマツヒコネ)命も(すばる)から生まれた流星の神と考えられる。

神名の天津彦根(アマツヒコネ)命(アマツヒコネ)を解釈すると、「ツ」は古語で「〜の」を意味する助詞、「ヒコ」は男神の神名末尾のパターン、「ネ」は神名末尾のパターンと考えられるので、「天の男神」と解釈できる。

 

天津彦根(アマツヒコネ)命の子

新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』には天目一箇(アマノマヒトツ)神以外にも天津彦根(アマツヒコネ)命の子とされる神が次のように記されている。

 

・左京神別(しんべつ)下 天孫 額田部湯坐連(ぬかたべのゆえのむらじ)……天津彦根(アマツヒコネ)命の子、明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命の後なり。

・右京神別(しんべつ)下 天孫 桑名首(くわなのおびと)……天津彦根(アマツヒコネ)命の男(息子)、天久之比(アマノクシヒ)乃命の後なり。

摂津国(せっつのくに)神別(しんべつ) 天孫 国造(くにのみやつこ)……天津彦根(アマツヒコネ)命の男、天戸間見(アマノトマミ)命の後なり。

和泉国(いずみのくに)神別(しんべつ) 天孫 末使主(すえのおみ)……天津彦根(アマツヒコネ)命の子、彦稲勝(ヒコイナカツ)命の後なり。

 

また、摂津国(せっつのくに)神別(しんべつ) 天孫 山直の条に登場する天御影(アマノミカゲ)命は、明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命の別名と考えられる。

これらの神名を解釈すると、「たつ」には「閉める」の意があり、「ミ」「ヒ」は神名末尾のパターンと考えられるので、次のように解釈できる(彦稲勝(ヒコイナカツ)命については不明)。

 

明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命(アケタツアマノミカゲ)、天御影(アマノミカゲ)命(アマノミカゲ)は「(開け閉めする)天の陰となる所の神」つまり「天岩戸の神」

天戸間見(アマノトマミ)命(アマノトマミ)は「天の戸・隙間の神」つまり「天岩戸の神」

天久之比(アマノクシヒ)乃命(アマノクシヒ)は「天の櫛の神」つまり「流星の神」

 

先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』天神本紀においては、明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命(天御影(アマノミカゲ)命)は天御陰(アマノミカゲ)命(凡河内直(おおしこうちのあたい)らの祖)という名で登場し、天戸間見(アマノトマミ)命は天斗麻弥(アマノトマミ)命(額田部湯坐連(ぬかたべのゆえのむらじ)らの祖)という名で登場する。いずれも【速の章/饒速日命】で前述した三十二人の防衛(ふせぎまもり)で天降る神である。

つまりこれらの神には次のように共通点が多い。

 

天目一箇(アマノマヒトツ)神、明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命、天戸間見(アマノトマミ)命、天久之比(アマノクシヒ)乃命は天津彦根(アマツヒコネ)命の子。

天目一箇(アマノマヒトツ)神は「天岩戸=(すばる)」の神であり流星の神でもある「(すばる)と流星の神」。

天久之比(アマノクシヒ)乃命の神名は流星の神と解釈できる。

天目一箇(アマノマヒトツ)神、明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命、天戸間見(アマノトマミ)命の神名は天岩戸の神と解釈できる。

天目一箇(アマノマヒトツ)神、明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命、天戸間見(アマノトマミ)命は天降る神。

明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命、天戸間見(アマノトマミ)命は共に額田部湯坐連(ぬかたべのゆえのむらじ)の祖。

 

このような共通点の多さから、明立天御影(アケタツアマノミカゲ)命、天戸間見(アマノトマミ)命、天久之比(アマノクシヒ)乃命もまた、天目一箇(アマノマヒトツ)神の別名である可能性が高いと言える。

 

まとめ

・天久斯麻比止都命(アマノクシマヒトツ)……(すばる)と流星の神

天目一箇(アマノマヒトツ)神の別名。諸部(もろとものお)の神の一柱。天岩戸隠れの神話に登場する神。

序文で述べた流星の神・火瓊瓊杵(ホノニニギ)尊と共に天降るので、同じく流星の神。

・つまり「天岩戸=(すばる)」の神であり流星の神でもある「(すばる)と流星の神」。

天目一箇(アマノマヒトツ)神は「日食・月食の神」、天久斯麻比止都(アマノクシマヒトツ)命は「流星と日食・月食の神」の意。

・日と月を天の両目に見立てた神名で、日食・月食・流星を発生させる天岩戸の神の意。

 

関連ページ

【速の章/饒速日命】……三十二人の防衛(ふせぎまもり)について。

【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】……五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)

【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】……天岩戸=(すばる)