饒速日命
「天磐船=流星(隕石)」に乗って天降る神。星大明神社、星大明社の祭神。
天磐船に乗って天降る神
饒速日命(ニギハヤヒ)は物部氏の遠祖(遠い先祖)とされる神である。
『日本書紀』神武天皇即位前紀戊午年十二月の条によれば、饒速日命は天磐船に乗って天降り、長髄彦の妹である三炊屋媛を妻としている。
九州から東征してきた神武天皇が大和へ攻め入った際に、大和にいた長髄彦は饒速日命を主君として戦ったが、饒速日命は長髄彦を殺して神武天皇に帰順したという。
天磐船の意味
饒速日命が天降る際に乗ったとされる天磐船とは、序文で述べたように流星(隕石)を「天降る神が依り憑く星」と考え、それを「天降る神が乗る磐の船」に見立てたものと考えられる。つまり饒速日命は流星(隕石)の神と言える。
天磐船を流星(隕石)の神話とする説は以前からある。星野之宣の漫画『宗像教授異考録 第五集』(小学館、二〇〇七年)においても、登場人物が「俺は、天磐船の神話が隕石の落下を表していたと思っている」と述べている。
『摂津国風土記』逸文や『万葉集』(巻第二、二九二番歌)では、天稚彦に付き従って降臨した天探女も天磐船に乗っていたとされる。
また、天磐船と同種の「天降る神が乗る(磐の)船」の神話は他にもあり、【櫛の章/鳥磐櫲樟船】、【火の章/補足 天之羅摩船の意味】で後述する。
星大明神社、星大明社の祭神
なお、饒速日命も名前に星が付く次の神社で祀られている。
・星大明神社(愛知県愛西市上東川町宮東10)
・星大明社(愛知県愛西市西保町宮西129)
各文献における名前
・『古事記』……邇芸速日命
・『日本書紀』……饒速日、櫛玉饒速日命、饒速日命
・『古語拾遺』……饒速日命
・『新撰姓氏録』……神饒速日命、饒速日命、速日命、神饒速比命、胆杵磯丹杵穂命
・『先代旧事本紀』……天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊、饒速日尊、天火明命、天照国照彦天火明尊、饒速日命、胆杵磯丹杵穂命、饒速日、櫛玉饒速日尊
『先代旧事本紀』では饒速日命と天火明命(別名、天照国照彦火明命)を同神とみなしている。
神名解釈
神名の饒速日命(ニギハヤヒ)を解釈すると、「ニギ」は古語の「にぎははし」つまり「物がたくさんあるさま」(『角川古語大辞典』角川書店、一九八二~一九九九年)の意と考えられる。「饒」の字には「豊か」の意があるのでこれと同義と言える。
そして「ヒ」は神名末尾のパターンと考えられるので、饒速日命(ニギハヤヒ)は「豊かな速い神」と解釈できる。
別名の櫛玉饒速日命の神名解釈は【玉の章/櫛玉饒速日命】で、同じく別名の胆杵磯丹杵穂命の神名解釈は【石の章/胆杵磯丹杵穂命】で後述する。
三十二人の防衛
『先代旧事本紀』天神本紀においては、高皇産霊尊が多くの神々を饒速日命に添えて天降らせ仕えさせたと記されている。
それらの神々のうち、葦原中国(地上)の敵対するものに対処する三十二人の防衛とされているのは次の神々である。異説がある部分もあり、主な異説はかっこ書きで記している。
・天香語山命、尾張連らの祖……【火の章/穂屋姫命】で後述。
・天鈿売命、猿女君らの祖
・天太玉命、忌部首らの祖……【玉の章/太玉命】で後述。
・天児屋命、中臣連らの祖
・天櫛玉命、鴨県主らの祖……【櫛の章/天櫛玉命】で後述。
・天道根命、川瀬造らの祖
・天神玉命、三島県主らの祖……【玉の章/天神玉命】で後述。
・天椹野命、中跡直らの祖……【甕の章/天椹野命】で後述。
・天糠戸命、鏡作連らの祖……【石の章/石凝姥命】で後述。
・天明玉命、玉作連らの祖……【櫛の章/櫛明玉神】で後述。
・天牟良雲命(または天村雲命)、度会神主らの祖
・天背男命(または天神立命)、山背久我直らの祖……【石の章/建葉槌命】で後述。
・天御陰命、凡河内直らの祖……【櫛の章/天久斯麻比止都命】で後述。
・天造日女命、阿曇連らの祖
・天世乎命(または天世平命、天世手命)、久我直らの祖……【石の章/建葉槌命】で後述。
・天斗麻弥命(または天斗麻祢命)、額田部湯坐連らの祖……【櫛の章/天久斯麻比止都命】で後述。
・天背斗女命(または天背男命)、尾張中島海部直らの祖
・天玉櫛彦命、間人連らの祖……【櫛の章/天玉櫛彦命】で後述。
・天湯津彦命、安芸国造らの祖
・天神魂命、別名、三統彦命、葛野鴨県主らの祖……【玉の章/天神玉命】で後述。
・天三降命、豊国宇佐国造(または豊田宇佐国造)らの祖
・天日神命、対馬県主らの祖
・(天)乳速日命、広湍神麻続連らの祖……【速の章/乳速日命】で後述。
・(天)八坂彦命、伊勢神麻続連らの祖……【石の章/補足 八坂の意味】で後述。
・(天)伊佐布魂命、倭文連らの祖……【玉の章/伊佐布魂命】で後述。
・(天)伊岐志邇保命、山代国造らの祖……【火の章/伊岐志邇保命】で後述。
・(天)活玉命、新田部直らの祖……【玉の章/活玉命】で後述。
・(天)少彦根命、鳥取連らの祖……【火の章/補足 天之羅摩船の意味】で後述。
・(天)事湯彦命、畝尾連(または取尾連)らの祖
・八意思兼神の児、(天)表春命、信乃阿智祝部らの祖
・(天)下春命、武蔵秩父国造らの祖
・(天)月神命、壱岐県主らの祖
先代旧事本紀
この三十二人の防衛について記述されている『先代旧事本紀』は『古事記』(七一二年成立)、『日本書紀』(七二〇年成立)、『古語拾遺』(八〇七年成立)の記述の継ぎはぎとなっていることから、これらを参照して平安時代初期に編纂されたと考えられている。
また、物部氏関連の記述が多く、饒速日命と天火明命(天忍穂耳尊の子、火瓊瓊杵尊の兄)を同神とみなす独自の内容を持つことなどから、編纂者は物部氏とも考えられている。
三十二人の防衛の意味
『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』には饒速日命と共に天降った神のことは何も記されていない。しかし『先代旧事本紀』では三十二人の防衛など多くの神々が饒速日命に仕え、共に天降ったと記されている。
この三十二人の防衛には『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』『先代旧事本紀』において、序文で述べた火瓊瓊杵尊と共に天降った神とされる天鈿売命、天太玉命、天児屋命、天明玉命までもが含まれている。
『先代旧事本紀』では饒速日命と共に天降った後、火瓊瓊杵尊と共に再び天降ったということになっている。
つまり三十二人の防衛とは、様々な天降る神の神話を継ぎはぎして、物部氏の遠祖とされる饒速日命に仕えたという物部氏に都合の良い神話に改変したものと考えられる。
まとめ
・饒速日命(ニギハヤヒ)……流星の神
・天磐船に乗って天降る神。
・天磐船は流星(隕石)を「天降る神が依り憑く星」と考え、それを「天降る神が乗る磐の船」に見立てたもの。つまり饒速日命は流星(隕石)の神。
・星大明神社、星大明社で祀られている。
関連ページ
・【速の章/速秋津日命】……水門神の「ミナト」は天磐船が船出する天の港。
・【速の章/速川比古、速川比女】……天磐船は天の川の急流を下る船。
・【櫛の章/櫛玉饒速日命】……饒速日命の別名。
・【櫛の章/鳥磐櫲樟船】……天磐船と同種の神話。
・【櫛の章/補足 御串の森の意味】……御串の森には饒速日命を祀るとも言う。
・【甕の章/三炊屋媛】……饒速日命の妻。
・【玉の章/櫛玉饒速日命】……饒速日命の別名、櫛玉饒速日命の神名解釈。
・【火の章/火瓊瓊杵尊】……火瓊瓊杵尊の「瓊杵」も「豊か」の意。
・【火の章/火瓊瓊杵尊の兄や子】……『先代旧事本紀』では饒速日命と天火明命は同神。
・【火の章/胆杵磯丹杵穂命】……饒速日命の別名。
・【火の章/穂屋姫命】……饒速日命の子。
・【火の章/補足 天羽羽矢、天之加久矢、天真鹿児矢の意味】……饒速日命が持つ天羽羽矢の意味。
・【火の章/補足 天津真浦の意味】……天の美しい浦、天磐船が船出する天の港。
・【火の章/補足 天之羅摩船の意味】……天磐船と同種の神話。
・【石の章/天饒石国饒石天津彦火瓊瓊杵尊】……「饒石」は「豊かな星」の意。
・【石の章/胆杵磯丹杵穂命】……饒速日命の別名、胆杵磯丹杵穂命の神名解釈。
・【石の章/補足 タケ、トヨの意味】……「ニギ」と「トヨ」は同義。