流星と昴の日本神話
火の章

補足 天羽羽矢、天之加久矢、天真鹿児矢の意味

(あま)大蛇(はは)の矢、天の輝きの矢、天の美しい輝きの矢。つまり流星。流星の神やその曽孫が持つ。

 

天羽羽矢(あまのははや)天之加久矢(あまのかくや)天真鹿児矢(あまのまかごや)

葦原中国(あしはらのなかつくに)の平定のため天降る天稚彦(アメワカヒコ)天若日子(アメワカヒコ))は、『古事記』では天之波波矢(あまのははや)または天之加久矢(あまのかくや)、『日本書紀』では天羽羽矢(あまのははや)または天真鹿児矢(あまのまかごや)という名前の矢を持つ。

『古事記』では日子番能邇邇芸(ヒコホノニニギ)命と共に天降る天忍日(アマノオシヒ)命、天津久米(アマツクメ)命も天之真鹿児矢(あまのまかごや)を持つ。

『日本書紀』では火瓊瓊杵(ホノニニギ)尊と共に天降る天忍日(アマノオシヒ)命も天羽羽矢(あまのははや)を持ち、また、饒速日(ニギハヤヒ)命や神武(じんむ)天皇も天神(あまつかみ)の子のしるしとして天羽羽矢(あまのははや)を持つ。

 

「羽が広く大きい矢、鹿を射る矢」ではない

江戸時代の国学者・本居宣長(もとおりのりなが)は『古事記伝』(一七九八年)において、天之波波矢(あまのははや)は羽が広く大きい矢、天之真鹿児矢(あまのまかごや)は鹿を射る矢と解釈した。

しかし【速の章/補足 大日孁貴、月読尊、蛭児の意味】で前述したように、このような単独の名前にしか適用できないような解釈は、こじつけに陥りやすく信憑性に欠ける。

また、天真鹿児矢(あまのまかごや)天之真鹿児矢(あまのまかごや))を持つ天稚彦(アメワカヒコ)天忍日(アマノオシヒ)命、天津久米(アマツクメ)命にはいずれも鹿を射る神話はなく、名前の漢字表記から想像しただけの根拠・裏付けがない解釈である。

このため本書では、これとは異なった解釈を行う。

 

天羽羽矢(あまのははや)の意味

天羽羽矢(あまのははや)に似た名前としては、素戔嗚(スサノオ)尊の剣である天羽々斬(あまのははきり)がある。

この剣については【火の章/補足 天羽々斬の意味】で前述したように、『古語拾遺(こごしゅうい)』に「古語に大蛇(おろち)羽々(はは)と言う」と記されており、「(あま)大蛇(はは)」は天に尾を引く流星の意と考えられる。

このため天羽羽矢(あまのははや)、つまり「(あま)大蛇(はは)の矢」もまた、天に尾を引きながら矢のように飛ぶ流星の意と解釈できる。

 

天之加久矢(あまのかくや)天真鹿児矢(あまのまかごや)の意味

また、天之加久矢(あまのかくや)のカク、天真鹿児矢(あまのまかごや)のカゴは、次のように神名にも使われている。

 

天迦久(アマノカク)神(アマノカク)、別名、天迦具(アマノカグ)神(アマノカグ)。

天香語山(アマノカゴヤマ)命(アマノカゴヤマ)、別名、天香山(アマノカグヤマ)(アマノカグヤマ)。

 

共に別名ではカグとなっているので、カク、カゴは軻遇突智(カグツチ)のカグとほぼ同義と推定できる。軻遇突智(カグツチ)は別名、火之迦具土(ヒノカグツチ)神、火之炫毘古(ヒノカカビコ)神ともいうので、カク、カゴ、カグは「(カカ)」つまり「輝き」(古くは「かかやき」。また「炫」の字にも輝きの意がある)とほぼ同義と推定できる。

名詞の「輝き」ではなく、動詞の「輝く」や、古語の「かがよふ」つまり「ちらちらと光って揺れる」(『角川古語大辞典』角川書店、一九八二~一九九九年)などの似た意味である可能性もあるが、これらについては「輝き」とほぼ同義としておく。

天迦久(アマノカク)神は天石屋(あまのいわや)(天岩戸)に住む伊都之尾羽張(イツノオハバリ)神へ使者として遣わされている。【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】で前述したように天岩戸は「(すばる)」、【玉の章/補足 伊奘諾尊の剣の意味】で前述したように伊都之尾羽張(イツノオハバリ)神は「からすき星」と考えられる。

天香山(アマノカグヤマ)天香語山(アマノカゴヤマ)命)は【櫛の章/櫛真智命】で前述したように流星の神と考えられる。

つまりいずれも天の輝きである星に関係した神であり、この点からカク、カゴ、カグは「輝き」とほぼ同義とする推定が裏付けられる。

そして天真鹿児矢(あまのまかごや)の「()」は古語で「純粋で美しい、完全で立派な、などの意味をそえるもの」(『時代別国語大辞典 上代編』三省堂、一九六七年)であるため、これによりそれぞれ次のように解釈できる。

 

天迦久(アマノカク)神、天迦具(アマノカグ)神は「天の輝きの神」

天香語山(アマノカゴヤマ)命、天香山(アマノカグヤマ)は「天の輝きの山(の神)」

軻遇突智(カグツチ)は「輝きの神」

火之迦具土(ヒノカグツチ)神は「火の輝きの神」

火之炫毘古(ヒノカカビコ)神は「火の輝きの男神」

天之加久矢(あまのかくや)は「天の輝きの矢」

天真鹿児矢(あまのまかごや)は「天の美しい輝きの矢」

 

そして「天の輝きの矢」「天の美しい輝きの矢」というのは、まさに流星の描写と考えられる。

 

流星を持つ神

つまり天羽羽矢(あまのははや)天之加久矢(あまのかくや)天真鹿児矢(あまのまかごや)はいずれも流星を意味すると考えられる。

これらの矢を持つのは、【甕の章/天御梶日女命】で前述した流星の神・天稚彦(アメワカヒコ)【櫛の章/天槵津大来目】で前述した流星の神である天忍日(アマノオシヒ)命や天津久米(アマツクメ)命、【速の章/饒速日命】で前述した流星の神・饒速日(ニギハヤヒ)命、序文で述べた流星の神・火瓊瓊杵(ホノニニギ)尊の曽孫である神武(じんむ)天皇とされている。

流星の神(天稚彦(アメワカヒコ)天忍日(アマノオシヒ)命、天津久米(アマツクメ)命、饒速日(ニギハヤヒ)命)や、流星の神(火瓊瓊杵(ホノニニギ)尊)の曽孫(神武(じんむ)天皇)が持つ点からも、これらの矢が流星の意であることが裏付けられる。

 

まとめ

【火の章/補足 天羽々斬の意味】で前述したように「(あま)大蛇(はは)=流星」と考えられるので、天羽羽矢(あまのははや)、つまり「(あま)大蛇(はは)の矢」も流星の意。

天之加久矢(あまのかくや)は「天の輝きの矢」、天真鹿児矢(あまのまかごや)は「天の美しい輝きの矢」で同様に流星の意。

・流星の神(天稚彦(アメワカヒコ)天忍日(アマノオシヒ)命、天津久米(アマツクメ)命、饒速日(ニギハヤヒ)命)や、流星の神(火瓊瓊杵(ホノニニギ)尊)の曽孫(神武(じんむ)天皇)が持つ点からも、これらの矢が流星の意であることが裏付けられる。

 

関連ページ

【速の章/饒速日命】……流星の神。

【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】……天岩戸=(すばる)

【櫛の章/天槵津大来目】……天忍日(アマノオシヒ)命や天津久米(アマツクメ)命は流星の神。

【櫛の章/櫛真智命】……天香山(あまのかぐやま)は「天岩戸近辺から降ってきた山」で流星の神。

【甕の章/天御梶日女命】……天稚彦(アメワカヒコ)は流星の神。

【玉の章/補足 伊奘諾尊の剣の意味】……伊都之尾羽張(イツノオハバリ)神=からすき星。

【火の章/穂屋姫命】……天香語山(アマノカゴヤマ)命(天香山(アマノカグヤマ))の異母妹で妻。

【火の章/補足 天津真浦の意味】……天津真浦(アマツマウラ)が造った真麛(まかご)(やさき)天真鹿児矢(あまのまかごや)の矢先(矢尻)。