補足 伊奘諾尊の剣の意味
「伊奘諾尊の剣=からすき星」と「五百箇磐石・天岩戸=昴」から流星の神が生まれる。
素戔嗚尊の剣と伊奘諾尊の剣
五百箇磐石(湯津石村)、五百箇御統、天岩戸がいずれも昴を意味することを【速の章/熯速日神】、【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】、【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】において前述した。
また、【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】では、素戔嗚尊の剣が「からすき星(オリオン座の三つ星の和名)」を意味しており、「昴(五百箇御統)」と共に流星の神を生み出すという関係があることを前述した。
そして後述するように伊奘諾尊の剣についても素戔嗚尊の剣と同様に「昴(五百箇磐石、天岩戸)」と共に流星の神を生み出すという関係が見られる。このことから伊奘諾尊の剣もまた素戔嗚尊の剣と同様に「からすき星」を意味していると考えられる。
伊奘諾尊の剣と五百箇磐石
伊奘諾尊の剣は『古事記』では天之尾羽張(別名、伊都之尾羽張)と言う。
【速の章/熯速日神】で前述したように、伊奘諾尊が火の神の軻遇突智を斬り、その剣から飛び散った血が、天安河辺にある五百箇磐石(湯津石村)に付くことで、磐裂神、根裂神、磐筒男神、磐筒女神、経津主神、甕速日神、熯速日神、武甕槌神の八柱の神が生まれる。
これらの神は「五百箇磐石(湯津石村)=昴」から生まれた神であり、【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は昴から来る」という考え方があったと思われるので、流星の神と考えられる。
つまり、この神話には次のような「見立て」が含まれていると考えられる。
・伊奘諾尊の剣(伊都之尾羽張)=男性器=からすき星
・五百箇磐石(湯津石村)=女性器=昴
・伊奘諾尊の剣から飛び散った血が五百箇磐石に付いて神が生まれる=交合
・五百箇磐石(湯津石村)から生まれた神=交合から生まれた子=流星の神

Adapted from "Orion, Taurus and Pleiades"
by Panda~thwiki, used under CC BY 4.0
伊奘諾尊の剣の神と天岩戸
『古事記』ではその後、この伊奘諾尊の剣と同名の神である伊都之尾羽張神(別名、天尾羽張神)が天安河の河上の天石屋(天岩戸)に住む神として登場し、その子が建御雷神とされている。
伊都之尾羽張神は伊奘諾尊の剣と同名であることから伊奘諾尊の剣の神と考えられる。
また『日本書紀』神代下第九段本文では、伊都之尾羽張神と同神と考えられる稜威雄走神が天石窟(天岩戸)に住み、その子・孫・曽孫は甕速日神、熯速日神、武甕槌神とされている。
つまり伊奘諾尊の剣と昴から流星の神が生まれる神話が別の形で語られており、次のような「見立て」が含まれていると考えられる。
・伊奘諾尊の剣の神(伊都之尾羽張神、稜威雄走神)=男性器=からすき星
・天岩戸=女性器=昴
・伊奘諾尊の剣の神が天岩戸に住む=交合
・伊奘諾尊の剣の神の子・孫・曽孫=交合から生まれた子孫=流星の神
軻遇突智の血から生まれた甕速日神、熯速日神、武甕槌神が、軻遇突智の子ではなく伊奘諾尊の剣の神の子・孫・曽孫とされているのも、このように見立てられていると考えれば理解できる。

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からすき星と昴から生まれた流星の神
このように素戔嗚尊の剣と五百箇御統の神話、伊奘諾尊の剣と五百箇磐石の神話、伊奘諾尊の剣の神と天岩戸の神話は、いずれも「からすき星=男性器」と「昴=女性器」の交合から流星の神が生まれる神話と考えられる。流星を星の子に見立てた神話とも言える。
甕速日神、武甕槌神は二つの神話に、熯速日神は三つの神話全てに共通して登場しており、三つの神話が同種の神話であることを裏付けている。

まとめ
・伊奘諾尊の剣から飛び散った血が五百箇磐石に付いて神が生まれる神話は「伊奘諾尊の剣=男性器=からすき星」と「五百箇磐石=女性器=昴」の交合から流星の神が生まれる神話。
・伊奘諾尊の剣の神が天岩戸に住む神話も同様に「伊奘諾尊の剣の神=男性器=からすき星」と「天岩戸=女性器=昴」の交合から流星の神が生まれる神話。
関連ページ
・【速の章/速素戔嗚尊】……天岩戸隠れを嵐が日を蔽うこととする説について。
・【速の章/熯速日神】……稜威雄走神の孫。五百箇磐石(湯津石村)=昴。
・【速の章/甕速日神】……稜威雄走神の子。
・【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】……五百箇御統=昴。
・【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】……天岩戸=昴。
・【甕の章/武甕槌神】……伊都之尾羽張神の子、稜威雄走神の曽孫。
・【火の章/補足 天羽羽矢、天之加久矢、天真鹿児矢の意味】……天石屋(天岩戸)に住む伊都之尾羽張神への使者、天迦久神は「天の輝きの神」の意。