流星と昴の日本神話
速の章

熯速日神

別名、樋速日(ヒハヤヒ)神。「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=(すばる)」「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれた流星の神。

 

五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=星の群れ」から生まれた星の神

熯速日(ヒノハヤヒ)神(ヒノハヤヒ)は別名、樋速日(ヒハヤヒ)神とも言う。

『日本書紀』神代上第五段一書第七によれば、伊奘諾(イザナキ)尊が火の神の軻遇突智(カグツチ)を斬り、その剣から飛び散った血が五百箇磐石(いおついわむら)という磐の群れに付くと、磐裂(イワサク)神、次に根裂(ネサク)神、()磐筒男(イワツツノオ)神、次に磐筒女(イワツツノメ)神、()経津主(フツヌシ)神と神々が生まれる。

序文で述べたように、これらの神々は星宮神社(ほしのみやじんじゃ)などで(まつ)られている星の神であり、「火の神の血」が「磐の群れ」に付くことで「火のように輝く磐の群れ」つまり「星の群れ」となる神話と考えられる。

『古事記』においても同様の神話があり、伊邪那岐(イザナキ)命が火の神の迦具土(カグツチ)神を斬り、剣の先に付いた血が湯津石村(ゆついわむら)に飛び散ると、石拆(イワサク)神、次に根拆(ネサク)神、次に石筒之男(イワツツノオ)神が生まれる。剣の(もと)に付いた血が湯津石村(ゆついわむら)に飛び散ると、甕速日(ミカハヤヒ)神、次に樋速日(ヒハヤヒ)神、次に建御雷之男(タケミカヅチノオ)神が生まれる。

つまり記紀の記述を合わせると、「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=星の群れ」から生まれた神々は次の八柱であり、そのうちの一柱が本項で述べる熯速日(ヒノハヤヒ)神(樋速日(ヒハヤヒ)神)である。

 

磐裂(イワサク)神(石拆(イワサク)神)……【石の章/磐裂神】で後述。

根裂(ネサク)神(根拆(ネサク)神)……【石の章/磐裂神】で後述。

磐筒男(イワツツノオ)神(石筒之男(イワツツノオ)神)……【石の章/磐筒男神、磐筒女神】で後述。

磐筒女(イワツツノメ)神……【石の章/磐筒男神、磐筒女神】で後述。

経津主(フツヌシ)神……【石の章/斎主神】で後述。

甕速日(ミカハヤヒ)神……【速の章/甕速日神】で後述。

熯速日(ヒノハヤヒ)神(樋速日(ヒハヤヒ)神)……本項で述べる。

武甕槌(タケミカヅチ)神(建御雷之男(タケミカヅチノオ)神)……【甕の章/武甕槌神】で後述。

 

五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれた星の神

熯速日(ヒノハヤヒ)神は『日本書紀』神代上第六段一書第三、および神代上第七段一書第三においては、別の生まれ方をしている。前項で述べた天照(アマテラス)大神と素戔嗚(スサノオ)尊の誓約(うけい)の際に「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれた男神たちのうちの一柱が熯速日(ヒノハヤヒ)神であり、天忍穂耳(アマノオシホミミ)尊と共に生まれている。

このように熯速日(ヒノハヤヒ)神は「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=星の群れ」から生まれる神話と「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれる神話がある。そして(すばる)は星の群れなので、この二つは同じもの、つまり「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=星の群れ=(すばる)」と推定できる。

 

天安河(あまのやすのかわ)の意味

五百箇磐石(いおついわむら)は『日本書紀』神代上第五段一書第六では天安河辺(あまのやすのかわら)に、同段一書第七では天八十河中(あまのやそのかわら)にあるとされる。天八十河(あまのやそのかわ)天安河(あまのやすのかわ)の別名であり、『古語拾遺(こごしゅうい)』では天八湍河(あまのやせのかわ)()は急流の意)とも言う。

序文で述べたように、一条兼良『日本書紀纂疏(にほんしょきさんそ)』(十五世紀成立)においては、天安河(あまのやすのかわ)河漢(かかん)(夜空の天の川)と解釈されている。

また、日本学者のカール・フローレンツ(Japanische Mythologie, 1901)やW・G・アストン(Shinto: the Way of the Gods, 1905)、構造人類学者の北沢方邦(きたざわまさくに)(『日本人の神話的思考』講談社、一九七九年、99頁)、民族学者の大林太良(おおばやしたりょう)(『銀河の道 虹の架け橋』小学館、一九九九年、57頁)なども、天安河(あまのやすのかわ)を天の川と解釈しており、妥当な解釈と考えている。

『万葉集』の七夕歌においても「天の川 安の渡りに」(巻第十、二〇〇〇番歌)、「天の川 安の川原」(巻第十、二〇三三番歌)、「天の川 安の川原の」(巻第十、二〇八九番歌)など、天の川と天安河(あまのやすのかわ)を同一視した歌がある。

 

天安河辺(あまのやすのかわら)にある五百箇磐石(いおついわむら)の意味

つまり、天安河辺(あまのやすのかわら)にある「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=星の群れ」とは「天の川近辺にある星の群れ」ということになる。そして(すばる)は天の川が通るおうし座にあり、この条件に合致している。

これにより、前述した「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=星の群れ=(すばる)」という推定が裏付けられる。

「天の川近辺にある星の群れ」というのは天の川そのものでは、と思われるかもしれないが、肉眼では天の川は星の群れには見えず、薄雲のような光の帯に見える。ガリレオ・ガリレイが望遠鏡観測によって天の川が星の群れであることを確認したのは十七世紀になってからである。

 

(すばる)から生まれた流星の神

また、前項で述べたように「流星は(すばる)から来る」という考え方があったと思われるので、「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=(すばる)」「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれた熯速日(ヒノハヤヒ)神は、「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれた天忍穂耳(アマノオシホミミ)尊と同様に流星の神と考えられる。

 

「天岩戸=(すばる)」から生まれた神

なお、『日本書紀』神代下第九段本文においては、天石窟(あまのいわや)(天岩戸)に住む稜威雄走(イツノオバシリ)神の子が甕速日(ミカハヤヒ)神、その子が熯速日(ヒノハヤヒ)神、その子が武甕槌(タケミカヅチ)神とされる。

これは熯速日(ヒノハヤヒ)神が「天岩戸=(すばる)」から生まれた神でもあることを意味するが、これについては【玉の章/補足 伊奘諾尊の剣の意味】で後述する。

 

各文献における名前

・『古事記』……樋速日(ヒハヤヒ)

・『日本書紀』……熯速日(ヒノハヤヒ)神、熯速日(ヒノハヤヒ)命、熯之速日(ヒノハヤヒ)

・『出雲国風土記(いずものくにふどき)』……樋速日子(ヒハヤヒコ)

・『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』……熯之速日(ヒノハヤヒ)

・『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』……天尾羽張(アマノオハバリ)神、稜威雄走(イツノオバシリ)神、甕速日(ミカハヤヒ)神、熯速日(ヒノハヤヒ)神、槌速日神、熯之速日(ヒノハヤヒ)

 

先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』陰陽本紀では、天尾羽張(アマノオハバリ)神の別名を稜威雄走(イツノオバシリ)神、甕速日(ミカハヤヒ)神、熯速日(ヒノハヤヒ)神、槌速日神と記している。

つまり『日本書紀』神代下第九段本文における稜威雄走(イツノオバシリ)神(『古事記』では天尾羽張(アマノオハバリ)神)、その子の甕速日(ミカハヤヒ)神、その子の熯速日(ヒノハヤヒ)神(『古事記』では樋速日(ヒハヤヒ)神)を同神とみなした上、樋速日(ヒハヤヒ)神を槌速日神と誤写している。

 

神名解釈

神名解釈については【火の章/熯速日神】で後述する。

 

まとめ

・熯速日神(ヒノハヤヒ)……(すばる)から生まれた流星の神

・『古事記』では「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=星の群れ」から生まれている。

・『日本書紀』では「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」から生まれる一書もある。

・つまりこの二つは同じもので「五百箇磐石(いおついわむら)湯津石村(ゆついわむら))=(すばる)」。

五百箇磐石(いおついわむら)天安河辺(あまのやすのかわら)(天の川近辺)にあるという記述にも(すばる)は合致する。

・「流星は(すばる)から来る」ので、(すばる)から生まれた熯速日(ヒノハヤヒ)神は、つまり流星の神。

 

関連ページ

【速の章/速川比古、速川比女】……流星を天の川の急流を下る船に見立てた神名。

【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】……五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)

【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】……「河上の湯都磐村(ゆついわむら)」の意味。

【甕の章/天津甕星】……香香背男(カカセオ)は流星を天の川の急流を下る船に見立てた神名。

【玉の章/補足 伊奘諾尊の剣の意味】……天岩戸に住む稜威雄走(イツノオバシリ)神の意味。

【火の章/熯速日神】……熯速日(ヒノハヤヒ)神の神名解釈。

【石の章/五百箇磐石】……五百箇磐石(いおついわむら)は速星神社、星宮神社、星神社の祭神。

【石の章/磐余彦尊】……「磐余(いわれ)」は「石村(いわれ)」とも表記し、湯津石村(ゆついわむら)の意。