天御梶日女命
味耜高彦根神の妻。味耜高彦根神は「五百箇御統=昴」から来る火球と歌に詠まれている。
阿遅須枳高日子命の妻
天御梶日女命(アマノミカヂヒメ)は『出雲国風土記』楯縫郡神名樋山の条に登場する神であり、阿遅須枳高日子命の妻、多伎都比古命の母とされる。島根県出雲市多久町の多久神社(島根県出雲市多久町274)に子の多伎都比古命と共に祀られている。
味耜高彦根神
阿遅須枳高日子命は『古事記』では阿遅鉏高日子根神、迦毛大御神、阿遅志貴高日子根神、阿治志貴高日子根神、『日本書紀』では味耜高彦根神、阿泥素企多伽避顧禰とも言う。父は大己貴神(大国主神)で、母は『古事記』によれば宗像三女神の一柱である多紀理毘売命とされる。
『日本書紀』神代下第九段一書第一において味耜高彦根神は、二つの丘、二つの谷の間に照りかがやく、と描写されている。また、味耜高彦根神の妹の下照媛が詠んだとされる次のような歌も記されている(ほぼ同様の歌が『古事記』にも記されている)。
天なるや 弟棚機の うながせる 玉の御統の 穴玉はや み谷 ふた渡らす 味耜高彦根
谷に照り渡る味耜高彦根は、天の弟棚機(機を織る女性)が首にかけている玉の御統(穴を開けた玉を緒で連ねて輪にした装飾品)の穴玉(穴を開けた玉)である、といった歌である。
天の弟棚機とは『日本書紀』神代上第七段本文で神衣を織っている天照大神、その首にかけている玉の御統は【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】で前述した天照大神が持つ「五百箇御統=昴」と考えられる。
穴玉は昴を構成する星とも考えられるが、昴は谷に照り渡るほど明るくはない。
【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は昴から来る」という考え方があったと思われるので、昴から来ると考えられた流星(火球)を、五百箇御統から落ちた穴玉に見立てたものと考えられる。火球は満月より明るいこともある。
つまりこの歌は味耜高彦根神が流星(火球)の神であることを詠んだものと考えられる。
各文献における名前
・『出雲国風土記』……天御梶日女命
同じく『出雲国風土記』に登場する天みか津日女命(「みか」は瓩の千を镸に置き換えた字)や、『尾張国風土記』逸文に登場する多具国の神・阿麻乃弥加都比女と同神の可能性もある。
神名解釈
天御梶日女命(アマノミカヂヒメ)が本章冒頭で述べた「ミカ」が付く流星の神の名を持つのは、流星の神・味耜高彦根神の妻であることに由来すると考えられる。
そしてアマノミカヂヒメの「ヂ」についても、アヂスキタカヒコネの「アヂ」に由来するもの、つまり「アマノミカアヂヒメ」が序文で述べた母音の連続を避ける傾向により変化したものと考えられる。
多伎都比古命
『出雲国風土記』楯縫郡神名樋山の条によれば、神名樋山の西にある石神(石を神として祀ったもの)は、天御梶日女命が産んだ多伎都比古命の依代とされる。日照りの時に雨乞いすると必ず雨が降ったという。
この神名の多伎都比古命(タキツヒコ)を解釈すると、「タキ」は上代では急流を意味し、「ツ」は古語で「〜の」を意味する格助詞、「ヒコ」は男神の神名末尾のパターンと考えられるので、「急流の男神」と解釈できる。
多伎都比古命は流星の神・味耜高彦根神の子であるため、【速の章/速川比古、速川比女】で前述した速川比古、速川比女と同様に、天の川の急流を天降る流星の神を意味する神名と考えられる。
同様に天の川の急流を天降る流星の神を意味する神名と考えられるものとしては、次のものがある(神名中のセ、タキ、タギが急流の意)。
・湍津姫(多岐都比売命)、田心姫(多紀理毘売命)……【速の章/補足 タギツヒメ、タゴリヒメの意味】で前述。
・香香背男……【甕の章/天津甕星】で前述。
・大背飯三熊之大人……【甕の章/大背飯三熊之大人】で後述。
・手置帆負神……【火の章/手置帆負神】で後述。
・天背男命……【石の章/建葉槌命】で後述。
天稚彦
味耜高彦根神の妹の下照媛の夫である天稚彦(天若日子)は、『古事記』『日本書紀』『先代旧事本紀』において葦原中国の平定のため天から遣わされた神である。
しかし天稚彦は下照媛を妻として葦原中国から帰ってこなかったため、天の神は雉を遣わし問わせたが、天稚彦は雉を矢で射殺してしまう。この矢は雉を射抜いて天まで届き、天の神がこの矢を投げ返すと天稚彦はこの矢に当たって死んでしまったという。
その後、天稚彦を弔うため天上で行われた殯に味耜高彦根神がやって来たが、天稚彦とそっくりの容姿であったため、天稚彦の親族たちは天稚彦が生きていたものと間違えたという。
これは、天稚彦もまた味耜高彦根神と同じ姿の神、つまり流星の神であることを意味すると考えられる。天稚彦が天降る神であることからも流星の神であることが裏付けられる。
大葉刈、神戸剣、喪山
死者と間違われた味耜高彦根神は怒って剣で喪屋を切り倒し、これが地上へ落ちて美濃国の藍見川の川上にある喪山となったという。『日本書紀』神代下第九段本文によれば、この剣の名前は大葉刈、別名、神戸剣という。『古事記』ではそれぞれ大量、神度剣と表記する。
大葉刈(歴史的仮名遣で「おほはがり」)とは、大磐刈(歴史的仮名遣で「おほいはがり」)が序文で述べた母音の連続を避ける傾向により変化したものと考えられる。また神戸剣は「神の戸の剣」つまり「天岩戸の剣」の意と考えられる。
このことから、元々は天岩戸において剣で斬られた大磐が地上に落ちて山となる神話であったと推定できる。つまりは【櫛の章/櫛真智命】で前述した天香山と同様の「天岩戸近辺から降ってきた山」の神話と考えられる。
まとめ
・天御梶日女命(アマノミカヂヒメ)……流星の神の妻
・味耜高彦根神の妻。味耜高彦根神は二つの丘、二つの谷の間に照りかがやく神。
・味耜高彦根神のことを妹の下照媛が詠んだ歌では、天の弟棚機が首にかけている玉の御統の穴玉と詠まれている。これは天照大神が持つ「五百箇御統=昴」から来る火球の意。
・つまり味耜高彦根神は流星(火球)の神。
関連ページ
・【速の章/速川比古、速川比女】……天の川の急流を天降る流星の神。
・【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】……五百箇御統=昴。
・【櫛の章/櫛真智命】……天香山は「天岩戸近辺から降ってきた山」。
・【甕の章/三炊屋媛】……味耜高彦根神の神名の変化について。
・【火の章/補足 天羽羽矢、天之加久矢、天真鹿児矢の意味】……天稚彦が持つ矢。