建葉槌命
諸部の神の一柱で「昴と流星の神」。香香背男が服従したのは近縁の神であるため。
香香背男を服従させた神
建葉槌命(タケハヅチ)は【甕の章/天津甕星】で前述したように、『日本書紀』において経津主神、武甕槌神に服従しなかった星の神・香香背男(別名、天津甕星、天香香背男)を服従させたとされる倭文神である。倭文は古代の織物の一種である。
諸部の神の一柱
『古語拾遺』においては天羽槌雄神という名で登場し、倭文(倭文氏)の遠祖とされている神であり、諸部の神と称される神々の一柱である。
天岩戸隠れの神話に登場して文布を織った神である。
また、序文で述べた流星の神・火瓊瓊杵尊と共に天降るので同じく流星の神と考えられる。
つまり建葉槌命は【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】で前述した「天岩戸=昴」の神であり流星の神でもある「昴と流星の神」と考えられる。
天背男命と建葉槌命
『安房国忌部家系』(国立国会図書館デジタルコレクションでネット上に公開されている)に収録されている系図の一つ、千葉県館山市洲宮の洲宮神社(千葉県館山市洲宮921)の祠官であった小野家に伝わるとされる「齋部宿祢本系帳」においては天羽雷雄命という名で記されている。
この系図において天羽雷雄命は天背男命の孫となっている。別名は武羽槌命、止与波豆知命とあり、葛城の猪石岡に天降ったとも記されている。
これは『新撰姓氏録』の次の記述を参考としたものと思われる。
・左京神別中 天神 宮部造……天壁立命の子、天背男命の後なり。
・山城国神別 天神 今木連……神魂命の五世の孫、阿麻乃西乎乃命の後なり。
・山城国神別 天神 巨椋連……今木連と同じき祖。止与波知命の後なり。
・山城国神別 天神 神宮部造……葛木の猪石岡に天下ります神、天破命の後なり。
この記述を見ると、近縁氏族と思われる宮部造と神宮部造の祖が、それぞれ天背男命と天破命(建葉槌命の別名と思われる)となっている。
また、同じき祖とされている今木連と巨椋連の祖が、それぞれ阿麻乃西乎乃命(天背男命)と止与波知命(建葉槌命の別名と思われる)となっている。
この『新撰姓氏録』の記述からも天背男命と建葉槌命は近縁の神と考えられる。
各文献における名前
・『日本書紀』……建葉槌命
・『古語拾遺』……天羽槌雄神
・『新撰姓氏録』……止与波知命、天破命
・『先代旧事本紀』……天羽槌雄神
神名解釈
建葉槌命の神名、別名から、先頭の形容「アマ」「タケ」「トヨ」、格助詞の「ノ」「ツ」、神名末尾のパターンの「チ」「オ」「ミコト」「カミ」を取り除くと、いずれも「ハ」が残る。
建葉槌命は前述したように「昴と流星の神」と考えられるので、この「ハ」は前項の長白羽神と同様に「磐(歴史的仮名遣で、イハ)」が序文で述べた母音の連続を避ける傾向により変化したもので、本章冒頭で述べたように「星」を「磐」に見立てたものと考えられる。
「タケ」は古語の「猛し」つまり「勢いがあるさま」(『角川古語大辞典』角川書店、一九八二~一九九九年)の意、「トヨ」は古語で「ゆたかであるさま」(『角川古語大辞典』)の意と考えられるので、つまり次のように解釈できる。
・建葉槌命(武羽槌命、タケハヅチ)は「勢いがある星の神」
・天羽槌雄神(天羽雷雄命、アマノハヅチオ)は「天の星の男神」
・止与波知命(トヨハチ)、止与波豆知命(トヨハヅチ)は「豊かな星の神」
・天破命(アマノハ)は「天の星の神」
そして建葉槌命が天降ったとされる「猪石岡」の「石」についても、本章冒頭で述べたように「星」を「石」に見立てたものである可能性が高いと考えられる。
天背男命と香香背男
前述したように天背男命と建葉槌命は近縁の神と考えられるが、この天背男命は『先代旧事本紀』天神本紀において山背久我直らの祖とされる神である。【速の章/饒速日命】で前述した三十二人の防衛の一柱で天降る神である。
三十二人の防衛には久我直らの祖とされる天世乎命という神もいる。【玉の章/天神玉命】で前述した三十二人の防衛の天神玉命と天神魂命の場合と同様に、天背男命(山背久我直らの祖)と天世乎命(久我直らの祖)も同神の異表記と考えられる。
また、天背男命と【甕の章/天津甕星】で前述した流星の神・香香背男(天香香背男)は、神名が類似しており、共に建葉槌命と関係があり、共に天降る神でもある、という共通点から同神と考えられる。
天背男命(アマノセオ)は「天の湍(急流)の男神」と解釈できる。香香背男と同様に、天の川の急流を天降る流星の神を意味する神名と考えられる。
経津主神、武甕槌神に服従しなかった香香背男が建葉槌命に服従したのは、つまりは香香背男(天背男命)と建葉槌命が近縁の神であるため、という神話であったと考えられる。
まとめ
・建葉槌命(タケハヅチ)……昴と流星の神
・天岩戸隠れの神話に登場するので「天岩戸=昴」の神。
・序文で述べた流星の神・火瓊瓊杵尊と共に天降るので同じく流星の神。
・香香背男(天背男命)が建葉槌命に服従したのは近縁の神であるため。
関連ページ
・【速の章/饒速日命】……三十二人の防衛について。
・【速の章/速川比古、速川比女】……天の川の急流を天降る流星の神。
・【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】……天岩戸=昴。
・【甕の章/天津甕星】……香香背男の別名。建葉槌命に服従した神。
・【玉の章/天神玉命】……天神玉命と天神魂命は同神の異表記。
・【石の章/長白羽神】……ナガシライハの変化で「長く白い星の神」。
・【石の章/補足 タケ、トヨの意味】……建葉槌命のタケ、止与波知命のトヨの意味。