天津甕星
星の神・香香背男の別名。地上にいるので天降った星の神=流星の神。星宮神社、星神社等の祭神。
地上にいる星の神
天津甕星(アマツミカホシ)は序文で述べた星の神・香香背男の別名で、天香香背男とも言う。
『日本書紀』神代下第九段本文によれば、高皇産霊尊は火瓊瓊杵尊を降臨させる前に、経津主神と武甕槌神に葦原中国を平定させた。天降った経津主神と武甕槌神は大己貴神を服従させ、諸々のまつろわぬ(服従しない)鬼神達を誅伐した。
一説によれば経津主神と武甕槌神は邪神や草木石の類を誅伐して皆平定し、服従しない者は星の神の香香背男のみとなった。その香香背男も倭文神(倭文は古代の織物の一種)の建葉槌命を遣わすと服従したので、その後、経津主神と武甕槌神は天へ登っていったという。
この話によれば星の神である香香背男が天ではなく葦原中国(地上)にいる。つまりは香香背男が天降った星の神=流星の神であることを示していると言える。
経津主神、武甕槌神に服従しなかった香香背男が建葉槌命に服従した理由については【石の章/建葉槌命】で後述する。
なお『日本書紀』神代下第九段一書第二によれば、経津主神と武甕槌神は「天に悪神がいる。名を天津甕星という。またの名は天香香背男。まずこの神を誅伐して、その後に下って葦原中国を平定したい」と言ったという。
こちらの話では香香背男は天にいるが、その後どうなったのかは書かれていない。本文の話につながるのなら、香香背男は天降り、後に建葉槌命に服従したということになる。
香香背男を祀る神社
香香背男は名前に星が付く次の神社などで祀られている。
・星宮神社(茨城県笠間市中市原522)
・星宮熊野神社(茨城県結城市上山川4718)
・星宮神社(栃木県小山市押切87)
・星宮神社(栃木県小山市上国府塚738)
・星宮神社(栃木県小山市下石塚716)
・星宮神社(栃木県栃木市岩舟町静4165)
・星宮神社(栃木県栃木市都賀町大柿455)
・星宮神社(栃木県栃木市平井町659、太平山神社の境内社)
・星神社(千葉県千葉市中央区院内1―16―1、千葉神社の境内社)
・明星神社(神奈川県中郡二宮町中里886)
・星神社(岐阜県加茂郡八百津町上吉田1832)
・星宮神社(岐阜県加茂郡八百津町和知443―1)
・星の宮神社(静岡県榛原郡吉田町住吉2212―1、片岡神社の境内社)
・星神社(愛知県名古屋市西区上小田井1―172)
・星宮社(愛知県名古屋市南区本星崎町宮西620)
・星神社(岡山県新見市大佐上刑部2563)
・真星神社(愛媛県新居浜市星原町4、浦渡神社の境外社)
・朝星神社(愛媛県南宇和郡愛南町御荘長月3163)
・星宮神社(大分県佐伯市鶴望2421)
また、茨城県の大甕神社(茨城県日立市大みか町6―16―1)でも甕星香々背男(香香背男)が武葉槌命(建葉槌命)と共に祀られている。
大甕神社の縁起によれば甕星香々背男が変じた巨石を武葉槌命が蹴ったところ、砕けて石神・石塚・石井などに飛んだとされるが、これらはそれぞれ次の場所と思われる(場所は諸説ある)。
・石神社(茨城県那珂郡東海村石神外宿1)……祭神 天手力雄命
・風隼神社(茨城県東茨城郡城里町石塚1088)……祭神 武甕槌命
・石井神社(茨城県笠間市石井1074)……祭神 建葉槌命
これらの神社は香香背男を祀っていないが、大甕神社の縁起に似た社伝がある。
香香背男が変じた石が砕けて各地に飛来するこの話もまた、香香背男が流星(隕石)の神であることを裏付けている。
「最も明るい星は金星」ではない
江戸時代の国学者・平田篤胤(『古史伝』一八二五年)や、国文学者の勝俣隆(『星座で読み解く日本神話』大修館書店、二〇〇〇年、53頁)などは、最も明るい星という点などから香香背男を金星の神としている。
しかし、火球は金星どころか満月より明るいこともあるので、この観点からも香香背男は流星(火球)の神と考えられる。
「星の神はまつろわぬ神」ではない
香香背男だけを星の神と考えて、日本神話では星の神は「まつろわぬ神」「邪神」「悪神」とされた、と言われることがある。
しかし、序文で述べたように名前に星が付く神社は多数あり、香香背男はその一部で祀られているが、他の神が祀られている場合も多い。天降って天皇家の祖となったとされる火瓊瓊杵尊もまた、栃木県に百六十社以上ある星宮神社のうち十二社で祀られており、流星の神と考えられる。
また、【甕の章/武甕槌神】、【石の章/斎主神】、【石の章/建葉槌命】で後述するように香香背男の敵方であった武甕槌神、経津主神、建葉槌命もまた流星の神と考えられる。
各文献における名前
・『日本書紀』……香香背男、天津甕星、天香香背男
・『新撰姓氏録』……天背男命、阿麻乃西乎乃命
・『先代旧事本紀』……天背男命、天世乎命、天津甕星、天香香背男
本書では天背男命(阿麻乃西乎乃命、天世乎命)を香香背男と同神と考えている。その理由については【石の章/建葉槌命】で後述する。
神名解釈
神名の天津甕星(アマツミカホシ)を解釈すると、「ツ」は古語で「〜の」を意味する格助詞と考えられるので「天の甕のような星」となり、本章冒頭で述べたように「流星(火球)」の意と解釈できる。
また、香香背男(カカセオ)を解釈すると、「カカ」は「輝き」(古くは「かかやき」と言う)の意、「セ」は「湍」つまり急流の意、「オ」は男神の神名末尾のパターンと考えられるので、「輝きの湍(急流)の男神」と解釈できる。
天香香背男(アマノカカセオ)は「天の輝きの湍(急流)の男神」と解釈できる。
【速の章/熯速日神】で前述したように天の川は『古語拾遺』では天八湍河とも言い、「輝きの湍(急流)」「天の輝きの湍(急流)」とは、つまり天の川の急流の意と考えられる。
【速の章/速川比古、速川比女】で前述した速川比古、速川比女と同様に、天の川の急流を天降る流星の神を意味する神名と考えられる。
同様に天の川の急流を天降る流星の神を意味する神名と考えられるものとしては、次のものがある(神名中のセ、タキ、タギが急流の意)。
・湍津姫(多岐都比売命)、田心姫(多紀理毘売命)……【速の章/補足 タギツヒメ、タゴリヒメの意味】で前述。
・多伎都比古命……【甕の章/天御梶日女命】で後述。
・大背飯三熊之大人……【甕の章/大背飯三熊之大人】で後述。
・手置帆負神……【火の章/手置帆負神】で後述。
・天背男命……【石の章/建葉槌命】で後述。
まとめ
・天津甕星(アマツミカホシ)……流星の神
・序文で述べた星の神・香香背男の別名。星宮神社、星神社などで祀られている。
・星の神が地上にいるので天降った星の神=流星の神。
・香香背男が変じた石が砕けて各地に飛来する伝承からも裏付けられる。
・香香背男は「輝きの湍(急流)の男神」つまり天の川の急流を天降る流星の神の意。
関連ページ
・【速の章/熯速日神】……天の川は『古語拾遺』では天八湍河とも言う。
・【速の章/速川比古、速川比女】……天の川の急流を天降る流星の神。
・【甕の章/武甕槌神】……天津甕星を誅伐しようとした神。
・【石の章/斎主神】……経津主神の別名。天津甕星を誅伐しようとした神。星宮神社の祭神。
・【石の章/建葉槌命】……香香背男が建葉槌命に服従した理由。天背男命を香香背男と同神とする理由。