甕の章
神名にミカが付く流星の神々。このミカは流星の古記録に例があるように流星を甕に見立てたもの。
「神名に付くミカはミイカ」ではない
神名に付く「ミカ」について、坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本古典文学大系67 日本書紀 上』(岩波書店、一九六七年)は甕速日神の注釈で「ミは神のもの、神の行為を表す接頭語。ミカはミイカの約。miika→mika. イカは、厳の意」としている。
しかしこれは「神のもの、神の行為を表す接頭語」や「厳し」つまり古語で「勢いが盛んである。繫栄している」「いかめしい。りっぱである」「重大である。重々しい」「たけだけしい。荒々しい」(『古語大辞典』小学館、一九八三年)の意と解釈しておけば、どの神の名に付いても大抵当てはまっているように見えるというだけの事であり、この解釈を積極的に支持する根拠は乏しい。
この点、神名に付く「ハヤ」を美称・称辞とする解釈(【速の章】で前述)や、神名に付く「クシ」を「奇し」の意とする解釈(【櫛の章】で前述)と同様の解釈である。
甕と星
「甕」とは酒の醸造などに用いた大きなかめのことだが、序文で述べた天津甕星や【速の章/甕速日神】で前述した甕速日神(星宮神社、星神社に祀られている神)のように、星の神の名前には「甕」が付くこともある。
では「甕」と「星」にどのような関係があるのか。
神田茂編『日本天文史料』(恒星社、一九三五年、復刻版は原書房、一九七八年)は、天文学者の神田茂が日本の文献史料中に見られる古代から一六〇〇年までの天文記録を収集したものである。
その「第七編 流星」を参照すると、『続日本紀』巻二十五、天平宝字八年(七六四年)九月十八日の条に、恵美押勝(藤原仲麻呂)が寝ている家の上に落ちた星について「其大如甕」(その大きさは甕のようであった)と記されていることがわかる。
また、次のように同様の記述が他にもあることがわかる。
・『本朝世紀』巻三十八、久安六年(一一五〇年)七月十二日の条に「大如甕」
・『後法興院政家記』巻二、応仁元年(一四六七年)六月十八日の条に「其大如甕」
・『實隆公記』巻三十八、永正五年(一五〇八年)三月二十一日の条に「其大如甕」
流星の大きさについては、他には月、円座(座る時に使う円形の敷物)、柚子、李の実などに例える記述もあるが、大きなかめである「甕」に例えられた流星は最大級のものと考えられる。
神名に付くミカの意味
甕は大きいといってもせいぜい高さ1メートル程度であるため、神名に付く「ミカ」は「甕のように大きい」神という意味とは考え難い。また「甕のような」神という意味とも考え難い。
このため神名に付く「ミカ」については、最大級の「流星(火球)」を「甕」に見立てたものと解釈するのが妥当と考えている。
この章ではこの考えを裏付ける根拠として、神名に「ミカ」が付く神々の多くが流星の神と考えられる神話を持つことを示してゆく。『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』『先代旧事本紀』に登場する、神名に「ミカ」が付く神については全て挙げている。