補足 ユウツヅの意味
宵の明星の別名「ゆうつづ」は「夕の神」の意。ツツ、ツヅは星の意ではない。
宵の明星の別名
「ゆうつづ」(歴史的仮名遣では「ゆふつづ」)とは「西の夕空低く明るく光る金星。宵の明星」(『時代別国語大辞典 上代編』三省堂)のことである。「ゆうづつ」とも言う。漢字では「夕星」「長庚」とも表記する。
清少納言『枕草子』(一〇〇一年頃成立)の一節「星は すばる。彦星。夕づつ。よばひ星すこしをかし。尾だになからましかば、まいて」は有名である。
『万葉集』にも「夕星の か行きかく行き」(巻第二、一九六番歌)、「夕星の 夕になれば」(巻第五、九〇四番歌)、「夕星も 通ふ天道を 何時までか 仰ぎて待たむ 月人をとこ」(巻第十、二〇一〇番歌)といった歌がある。
「ツツ、ツヅは星の意」説
「夕星」を「夕(ゆう)」+「星(つづ)」と解釈して、ツツ、ツヅは星の意とする説がある。
坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本古典文学大系67 日本書紀 上』(岩波書店、一九六七年)は磐筒男命の注釈(五五七頁)で「ツツは星」としている。
大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『岩波古語辞典』(岩波書店、一九七四年)も「つづ」の項で「星の古名」としている。
【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】で前述したように、国文学者の勝俣隆も著書『星座で読み解く日本神話』(大修館書店、二〇〇〇年)でこの説を支持しており、星は天の層に開いた「筒」状の穴から漏れる光とみなされていたとする説を述べている。
歴史学者の吉田東伍は、住吉三神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)の神名中の「筒」を星の意と解釈している。
又、彼の鹽椎翁・筒男神をも想ふべし。鹽椎は潮路の義にして、筒は星をもツツといへば、星辰を以て夜航の方位を知るに由り、海童國の祖を星に取りて名つけし者の如し。
《出典》吉田東伍『倒叙日本史 第十冊 神代及上古編』(早稲田大学出版部、一九一四年、二一二~二一三頁)
国文学者の倉野憲司は、これに加えて住吉三神をオリオン座の三つ星(カラスキ星、参とも言う)と解釈している。
筒は星(つつ)で底中上の三筒之男は、オリオン座の中央にあるカラスキ星(参)
《出典》倉野憲司・武田祐吉校注『日本古典文学大系1 古事記 祝詞』(岩波書店、一九五八年、七一頁)
後に倉野憲司はこの神名中の「筒」を星の意とする説を撤回し、次のように理由を述べている。
併しこの推測は、わが上代人が星に対して殆ど関心を示してゐないことと、「石筒之男神」の「筒」を星と解し難いこととが大きな障碍となる。
《出典》倉野憲司『古事記全註釈 第二巻 上巻篇(上)』(三省堂、一九七四年、三〇六頁)
しかし、【序文】で述べたように日本神話には星の神話が含まれており、石筒之男神(磐筒男神)もまた名前に星が付く神社(星宮神社や速星神社)で祀られている星の神である。
これらの点から「ツツ、ツヅは星の意」説は一見正しいようにも見える。
「ツツ、ツヅは星の意」ではない
ただし、一般的な古語辞典ではツツ、ツヅを星の意とはしていない。
例外的に「つづ」を「星の古名」としている『岩波古語辞典』の編者である大野晋は、『日本古典文学大系67 日本書紀 上』の校注者でもあるので、その注釈の「ツツは星」説に基づいた語義を『岩波古語辞典』に記載しているわけである。
「ツツは星」説を支持する勝俣隆も次のように述べている。
一方、当該の「ツツ(ツヅ)」であるが、星を表わす確実な例は「ユフツツ(宵の明星)」のみである。ただ、複合語にしか用いられず、単独で使用された例が見られないのは、ホシよりもさらに古い、日本語の基層に位置する語であることを意味しているのかも知れない。
《出典》勝俣隆『星座で読み解く日本神話』(大修館書店、二〇〇〇年、一〇八頁)
また、次に挙げるように神名中の「ツツ」は別名では「ツチ」となっている例が多い。
底筒男命(ソコツツノオ)の別名が、底土命(ソコツチ)
中筒男命(ナカツツノオ)の別名が、赤土命(アカツチ)
表筒男命(ウワツツノオ)の別名が、磐土命(イワツチ)
塩筒老翁(シオツツノオヂ)の別名が、塩土老翁(シオツチノオヂ)、塩椎神(シオツチ)
このため「ツツ」は「ツチ」と同義と考えられる。この点、江戸時代の国学者・本居宣長が『古事記伝』において次のように指摘している。
さて、書紀一書に、磐土ノ命とあるは、此ノ上筒・底土ノ命とあるは、底筒・赤土ノ命とあるは、中筒なり。(中略)此等にて、筒は都知の意なること、いよゝ明けし。
《出典》本居宣長『古事記伝』(一七九八年)
「チ」は神名末尾のパターンであり(句句廼馳、櫛真智命など)、古語で「〜の」を意味する連体助詞の「ツ」が前につくと「ツチ」となる(軻遇突智、武甕槌神など)。
そして【櫛の章/櫛真智命】で前述した「オオマドノチ→オオマドノツ」のように、神名末尾のパターン「チ」がウ段に変化して「ツ」となることがある。
つまり「ツツ」は星の意ではなく、連体助詞の「ツ」+神名末尾のパターン「チ」がウ段に変化した「ツ」と考えられる。「~の神」といった意味ということになる。
ツツ、ツツノオ、ツツノオヂ
また、神名末尾のパターンは複数重なる例も多い(【付録】参照)。
武甕槌神の別名、建御雷之男神(タケミカヅチノオ)でも、「ツチ」の後に連体助詞の「ノ」+男神の神名末尾のパターン「オ」が付いている。
底筒男命、中筒男命、表筒男命の「ツツノオ」もこれと同様に、「ツツ」の後に連体助詞の「ノ」+男神の神名末尾のパターン「オ」が付いたものと考えられる。
塩筒老翁(シオツツノオヂ)は「ツツノオ」の後にさらに神名末尾のパターン「チ」が濁音化した「ヂ」(可美葦牙彦舅尊、宇摩志麻遅命、大戸之道尊のヂと同様)が付いたものと考えられる。
これにより各神名は次のように解釈できる。
海の底で底津少童命と共に生まれた底筒男命は「(海の)底の男神」
潮の中で中津少童命と共に生まれた中筒男命は「(潮の)中の男神」
潮の上で表津少童命と共に生まれた表筒男命は「(潮の)上の男神」
火折尊が海神の宮へ行くのを助けた塩筒老翁は「潮の男神」
昼の女神、月夜の神、夕の神
「ツツ」が星の意ではなく、「~の神」といった意味ということになると、宵の明星の別名「ユウツヅ」は「夕の神」といった意味ということになる。
つまり「ユウツヅ=夕の神」とは、宵の明星の神の名前と考えられる。
【速の章/補足 大日孁貴、月読尊、蛭児の意味】で前述した日の神「オオヒルメノムチ=大いなる昼の女神」や、月の神「ツクヨミ=月夜の神」と同様に、宵の明星の神「ユウツヅ=夕の神」は天体が時間帯に言い換えられた神名と考えられる(日→昼、月→月夜、宵の明星→夕)。
『万葉集』には「月」を「ツクヨミ」という神名で言い表している歌が多くある。
巻第四、六七〇番歌
(書き下し文)
月読の 光に来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに
(現代語訳)
この月の 光を頼りにおいでください (あしひきの) 山が邪魔して 遠いというわけでもありませんのに
《出典》小島憲之・木下正俊・東野治之校注/訳『新編日本古典文学全集6 萬葉集1』(小学館、一九九四年、三四〇頁)
巻第四、六七一番歌
(書き下し文)
月読の 光は清く 照らせれど 惑へる心 思ひあへなくに
(現代語訳)
この月の 光は清く 照らしていますが 千々に乱れた心には お訪ねするなど思いも寄りません
《出典》同書(三四〇頁)
巻第十五、三五九九番歌
(書き下し文)
月読の 光を清み 神島の 磯廻の浦ゆ 船出す我は
(現代語訳)
月の 光が清らかなので 神島の 磯辺の浦から 船出するよわれわれは
《出典》小島憲之・木下正俊・東野治之校注/訳『新編日本古典文学全集9 萬葉集4』(小学館、一九九六年、二六〜二七頁)
巻第十五、三六二二番歌
(書き下し文)
月読の 光を清み 夕なぎに 水手の声呼び 浦廻漕ぐかも
(現代語訳)
月の 光が清らかなので 夕なぎに 水手が声を合わせて 湾岸沿いに漕いで行くよ
《出典》同書(三四頁)
「宵の明星」の別名が「ユウツヅ」であるのは、「月」を「ツクヨミ」という神名で言い表すのと同様に「宵の明星」を「ユウツヅ」という神名で言い表していたためと考えられる。
まとめ
宵の明星を「夕星」とも言うことから、ツツ、ツヅは星の意とする説があるが、神名中の「ツツ」は別名では「ツチ」となっている例が多く、これと同義。
つまり「ツツ」は連体助詞の「ツ」+神名末尾のパターン「チ」がウ段に変化した「ツ」。
「ユウツヅ」は「夕の神」の意で、宵の明星の神名。「オオヒルメノムチ=大いなる昼の女神」や「ツクヨミ=月夜の神」と同様の言い換え(日→昼、月→月夜、宵の明星→夕)。