流星と昴の日本神話
速の章

速川比古

速川比女

(すばる)の女神・須麻留女(スマルメ)神の子。神名は天の川の急流を天降る流星の神の意。

 

(すばる)の女神の子

速川比古(ハヤカワヒコ)ハヤカワヒコ)、速川比女(ハヤカワヒメ)ハヤカワヒメ)は『皇太神宮儀式帳(こうたいじんぐうぎしきちょう)』(八〇四年成立)において、【序文】で述べた(すばる)の女神・須麻留女(スマルメ)神の子とされている神である。

皇大神宮(こうたいじんぐう)伊勢神宮内宮(いせじんぐうないくう))の摂社(せっしゃ)狭田国生(さたくなり)神社(三重県度会郡玉城町佐田(わたらいぐんたまきちょうさた)字牛カウベ322)の祭神である。

倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)』(鎌倉時代成立)においては速川比古(ハヤカワヒコ)のみ速河彦(ハヤカワヒコ)という名で登場している。

【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は(すばる)から来る」という考え方があったと思われるので、速川比古(ハヤカワヒコ)速川比女(ハヤカワヒメ)(すばる)須麻留女(スマルメ)神)から生まれた流星の神と考えられる。

 

神名解釈

神名の速川比古(ハヤカワヒコ)速河彦(ハヤカワヒコ)、ハヤカワヒコ)、速川比女(ハヤカワヒメ)(ハヤカワヒメ)を解釈すると、

 

・「速川(ハヤカワ)速河(ハヤカワ))」はつまり「急流」の意。

・「ヒコ」は男神の神名末尾のパターン

・「ヒメ」は女神の神名末尾のパターン。

 

これにより「急流の男神」「急流の女神」と解釈できる。

式内社研究会編纂『式内社調査報告 第六巻』(皇学館大学出版部、一九九〇年)は狭田国生(さたくなり)神社の報告において、神名中の速川(速河)の意味を「当社の近くを流れる外城田川のことで、御神名は、この川に因むものであろう」と解釈している。

このように解釈すると、(すばる)や流星とは関連のない神名に見える。しかしこれも「見立て」として解釈すれば関連が見えてくる。

【速の章/熯速日神】で前述したように天の川は『古語拾遺(こごしゅうい)』では天八湍河(あまのやせのかわ)()は急流の意)とも言い、そして(すばる)は天の川の近辺にある。このため(すばる)須麻留女(スマルメ)神)から生まれた速川比古(ハヤカワヒコ)速川比女(ハヤカワヒメ)の「速川=急流」も、(すばる)の近くにある天の川の急流を示していると考えられる。

また、【速の章/饒速日命】で前述した天磐船(あまのいわふね)のように、急速に流れ落ちる流星を船に見立てるなら、この船は天にある急流を下っている、という風にも見立てられる。

つまり「速川比古(ハヤカワヒコ)=急流の男神」「速川比女(ハヤカワヒメ)=急流の女神」とは、天の川の急流を天降る流星の神を意味する神名であり、流星は天の川の急流を天降る船に見立てられたと考えられる。

同様に天の川の急流を天降る流星の神を意味する神名と考えられるものとしては、次のものがある(神名中のセ、タキ、タギが急流の意)。

 

湍津姫(タギツヒメ)多岐都比売(タキツヒメ)命)は「急流の女神」、田心姫(タゴリヒメ)多紀理毘売(タキリビメ)命)は「急流降りの女神」……【速の章/補足 タギツヒメ、タゴリヒメの意味】で後述。

香香背男(カカセオ)は「輝きの()(急流)の男神」……【甕の章/天津甕星】で後述。

多伎都比古(タキツヒコ)命は「急流の男神」……【甕の章/天御梶日女命】で後述。

大背飯三熊之大人(オオセヒミクマノウシ)は「大きな()(急流)の神、天岩戸の神」……【甕の章/大背飯三熊之大人】で後述。

手置帆負(タキホヒ)神は「急流の星の神」……【火の章/手置帆負神】で後述。

天背男(アマノセオ)命は「天の()(急流)の男神」……【石の章/建葉槌命】で後述。

 

まとめ

・速川比古(ハヤカワヒコ)……流星の神

・速川比女(ハヤカワヒメ)……流星の神

【序文】で述べた(すばる)の女神・須麻留女(スマルメ)神の子。

・「流星は(すばる)から来る」ので、(すばる)須麻留女(スマルメ)神)から生まれた流星の神。

・神名は「急流の男神」「急流の女神」つまり天の川の急流を天降る流星の神の意。

・流星は天の川の急流を天降る船に見立てられた。