流星と昴の日本神話
速の章

速秋津日命

水門神(ミナトノカミ)たちの総称。流星を秋津(あきづ)蜻蛉(とんぼ)の古名)に、(すばる)天磐船(あまのいわふね)が船出する天の港に見立てた神名。

 

水門神(ミナトノカミ)たちを速秋津日(ハヤアキヅヒ)命と申す

速秋津日(ハヤアキヅヒ)命(ハヤアキヅヒ)については、『日本書紀』神代上第五段一書第六において、伊奘諾(イザナキ)尊・伊奘冉(イザナミ)尊が生んだ神々の中に次のように記されている。

 

(書き下し文)

水門神等(みなとのかみたち)速秋津日命(はやあきつひのみこと)と号す。

(現代語訳)

水門(みなと)の神たちを速秋津日命(はやあきつひのみこと)と申す。

《出典》小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守校注/訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀1』(小学館、一九九四年、四三頁)

 

つまり速秋津日(ハヤアキヅヒ)命とは単独の神の名ではなく、水門神(ミナトノカミ)たちの総称である。

 

速秋津日子(ハヤアキヅヒコ)神、速秋津比売(ハヤアキヅヒメ)

これに対して『古事記』においては、伊耶那岐(イザナキ)命・伊耶那美(イザナミ)命が生んだ神々の中に次のように記されている。

 

(書き下し文)

次に、水戸(みなと)の神、名は速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)を生みき。次に、(いも)速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)

(現代語訳)

次に、水の門口の神、名は速秋津日子神(はやあきつひこのかみ)を生んだ。次に、(いも)速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)

《出典》山口佳紀・神野志隆光校注/訳『新編日本古典文学全集1 古事記』(小学館、一九九七年、三九頁)

 

なお、この現代語訳の「(いも)速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)」の「(いも)」は古語なので、ルビのない「妹」の誤りではないかと思われる。次田真幸(つぎたまさき)全訳注『古事記(上)』(講談社、一九七七年、五二頁)では「女神のハヤアキツヒメノ神」と訳されている。

『古事記』では男女二神となっており、二神の間に生まれた神々(沫那芸(アワナギ)神、沫那美(アワナミ)神、頰那芸(ツラナギ)神、頰那美(ツラナミ)神、天之水分(アマノミクマリ)神、国之水分(クニノミクマリ)神、天之久比奢母智(アマノクヒザモチ)神、国之久比奢母智(クニノクヒザモチ)神)についても続けて記されている。また、【櫛の章/櫛八玉神】で後述する櫛八玉(クシヤタマ)神は水戸神(ミナトノカミ)の孫とされている。

これは、より肉付けされた派生形の神話と考えられる。

 

各文献における名前

『古事記』……水戸神(ミナトノカミ)速秋津日子(ハヤアキヅヒコ)神、速秋津比売(ハヤアキヅヒメ)神、秋津比売(アキヅヒメ)神、速秋津日子(ハヤアキヅヒコ)速秋津比売(ハヤアキヅヒメ)

『日本書紀』……水門神(ミナトノカミ)速秋津日(ハヤアキヅヒ)

先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』……水戸神(ミナトノカミ)速秋津彦(ハヤアキヅヒコ)神、速秋日(ハヤアキヅヒ)命、速秋津姫(ハヤアキヅヒメ)神、速秋津彦(ハヤアキヅヒコ)速秋津姫(ハヤアキヅヒメ)水門神(ミナトノカミ)速秋津日(ハヤアキヅヒ)

延喜式(えんぎしき)祝詞(のりと)「六月晦大祓」……速開都咩

 

速秋津日(ハヤアキヅヒ)命の津は港の意」ではない

水門神(ミナトノカミ)たちの総称であることから、速秋津日(ハヤアキヅヒ)命の「津」は「港」の意と解釈されることがある。

前述の『新編日本古典文学全集1 古事記』も速秋津日子神の注釈で次のように解釈している。

 

ハヤ(勢いの強い)+アキ(口の開いた)+ツ(港)の意。

《出典》山口佳紀・神野志隆光校注/訳『新編日本古典文学全集1 古事記』(小学館、一九九七年、三九頁)

 

しかしこの解釈では、なぜ水門神(ミナトノカミ)たちの総称が「勢いの強い口の開いた港の神」という限定された港しか司らない奇妙な神名なのか、という疑問がでてくる。

 

神名解釈

神名の速秋津日(ハヤアキヅヒ)命(ハヤアキヅヒ)を、水門神(ミナトノカミ)と無理に結びつけず単純に解釈すると、

 

(ハヤ)……そのまま「速い」の意。

秋津(アキヅ)……「蜻蛉(とんぼ)の古名」(『古語大辞典』小学館)

ヒ……神名末尾のパターン

 

これにより速秋津日(ハヤアキヅヒ)命は「速い秋津(あきづ)蜻蛉(とんぼ))の神」と解釈できる。

これはこれで奇妙な神名であり、水門神(ミナトノカミ)と関連が無いようにも見える。しかし、【速の章/速玉之男】で前述した「(つば)の神」「(ははき)の神」と同様に、「見立て」として解釈すれば関連が見えてくる。

つまり、羽も無いのに空を飛び、尾を引く流星を、透明な羽で空を飛び、尾のような細長い体を持つ秋津(あきづ)蜻蛉(とんぼ))に見立てたものと考えられる。

これにより速秋津日(ハヤアキヅヒ)命は「速い流星の神」と解釈できる。

また、「ヒコ」は男神の神名末尾のパターン、「ヒメ」は女神の神名末尾のパターンと考えられるので、速秋津日子(ハヤアキヅヒコ)神は「速い流星の男神」、速秋津比売(ハヤアキヅヒメ)神は「速い流星の女神」と解釈できる。

なお、一般的には速秋津日命、速秋津日子神、速秋津比売神はハヤアキツヒ、ハヤアキツヒコ、ハヤアキツヒメと読まれるが、本書では「秋津」を蜻蛉(とんぼ)の古名「あきづ」(後には「あきつ」とも言った)と解釈しているため、ハヤアキヅヒ、ハヤアキヅヒコ、ハヤアキヅヒメと読んでいる。

 

水門神(ミナトノカミ)の意味

そして水門神(ミナトノカミ)の「ミナト」とは、【速の章/饒速日命】で前述した「天磐船(あまのいわふね)=流星(隕石)」が船出する天の港と考えられる。

【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は(すばる)から来る」という考え方があったと思われる。このため「天磐船(あまのいわふね)=流星(隕石)」が船出する天の港とは、つまり「(すばる)」ということになる。

これにより水門神(ミナトノカミ)水戸神(ミナトノカミ))は「(すばる)の神」と解釈できる。

 

(すばる)と流星の神

水門神(ミナトノカミ)たちを速秋津日(ハヤアキヅヒ)命と申す」という『日本書紀』の記述は「(すばる)の神たちを速い流星の神と申す」という意味になる。

これは「(すばる)の神=流星の神」という考え方、つまり「(すばる)に集う神々は、そこから流星となって天降る神々でもある」という考え方があったことを示していると考えられる。

本書ではこのような、(すばる)に集い、流星となって天降る神、(すばる)の神であり流星の神でもあるような神を「(すばる)と流星の神」と呼称する。

【速の章/補足 五伴緒、諸部の神の意味】で後述する五伴緒(いつとものお)諸部(もろとものお)の神などのように、「天岩戸=(すばる)」に集い、流星となって天降る「(すばる)と流星の神」が数多く見られることからも、日本神話にこのような考え方があったことが裏付けられる。

 

まとめ

速秋津日命(ハヤアキヅヒ)……(すばる)と流星の神

水門神(ミナトノカミ)たちの総称とされる速秋津日(ハヤアキヅヒ)命は流星を秋津(あきづ)蜻蛉(とんぼ)の古名)に見立てた神名。

水門神(ミナトノカミ)(すばる)を「天磐船(あまのいわふね)=流星(隕石)」が船出する天の港に見立てた神名。

(すばる)の神=流星の神」つまり「(すばる)に集う神々は、そこから流星となって天降る神々でもある」という考え方があったことを示す。

 

関連ページ

【玉の章/真玉著玉之邑日女命】……「(すばる)と流星の神」と推定。

【玉の章/天神玉命】……「(すばる)と流星の神」と推定。

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【石の章/五百箇磐石】……「(すばる)と流星の神」。

【石の章/磐余彦尊】……流星の神の名と(すばる)の神の名を持つ。