速秋津日命
水門神たちの総称。流星を秋津(蜻蛉の古名)に、昴を天磐船が船出する天の港に見立てた神名。
水門神たちを速秋津日命と名付けた
速秋津日命(ハヤアキヅヒ)については、『日本書紀』神代上第五段一書第六において、伊奘諾尊・伊奘冉尊が生んだ神々のうち「水門神たちを速秋津日命と名付けた」とだけ記されている。つまり単独の神の名ではなく、水門神たちの総称である。
これに対して『古事記』においては、伊邪那岐命・伊邪那美命が生んだ神々の中に「次に水戸神、名は速秋津日子神、次にその妹(妻)、速秋津比売神」と名前があって夫婦の神となっている。二神の間に生まれた神々なども記されているので、より肉付けされた派生形の神話と考えられる。
各文献における名前
・『古事記』……水戸神、速秋津日子神、速秋津比売神、秋津比売神、速秋津日子、速秋津比売
・『日本書紀』……水門神、速秋津日命
・『先代旧事本紀』……水戸神、速秋津彦神、速秋日神、速秋津姫神、速秋津彦、速秋津姫、水門神、速秋津日命
神名解釈
速秋津日命(ハヤアキヅヒ)の「ヒ」は神名末尾のパターンである。また、速秋津日子神(ハヤアキヅヒコ)の「ヒコ」は男神の神名末尾のパターン、速秋津比売神(ハヤアキヅヒメ)の「ヒメ」は女神の神名末尾のパターンである。
速秋津日命という神名については、水門神たちの総称であることから、「速」は「流れが速いこと」、「秋」は「河口が開いていること」、「津」は「港」の意などと解釈されたりする。
しかしこの解釈では、なぜ港の神たちの総称が「流れが速く河口が開いている港の神」という限定された港しか司らない奇妙な神名なのか、という疑問がでてくる。
水門神と無理に結びつけず単純に解釈すれば、速秋津日命は「速い秋津の神」と解釈できる。秋津は「蜻蛉の古名」(『古語大辞典』小学館、一九八三年)である。
しかし「速い蜻蛉の神」というのもこれはこれで奇妙な神名であり、また水門神と「速い蜻蛉の神」には関連が無い様にも思える。これについては前項で述べた「唾の神」「掃の神」と同様に「見立て」として考えれば関連が見えてくる。
つまり、羽も無いのに空を飛び、細長い尾を持つ流星を、透明な羽で空を飛び、細長い体を持つ秋津(蜻蛉)に見立てたものと考えられる。速秋津日命は「速い流星の神」、速秋津日子神は「速い流星の男神」、速秋津比売神は「速い流星の女神」と解釈できる。
水門神の意味
そして水門神のミナトというのは、【速の章/饒速日命】で前述した「天磐船=流星(隕石)」が船出する天の港と考えられる。
【速の章/正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊】で前述したように「流星は昴から来る」という考え方があったと思われる。このため「天磐船=流星(隕石)」が船出する天の港とは、つまり「昴」ということになる。水門神(水戸神)は「昴の神」と解釈できる。
昴と流星の神
「水門神たちを速秋津日命と名付けた」という『日本書紀』の記述は「昴の神たちを速い流星の神と名付けた」という意味になる。
これは「昴の神=流星の神」という考え方、つまり「天の港である昴に集う神々は、そこから船出して天降る流星の神々でもある」という考え方があったことを示していると考えられる。
速秋津日命のように「昴の神」であり「流星の神」でもある「昴と流星の神」が、【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】で後述する五伴緒や諸部の神など、日本神話において数多く見られることからも、このような考え方があったことが裏付けられる。
まとめ
・速秋津日命(ハヤアキヅヒ)……昴と流星の神
・水門神たちの総称とされる速秋津日命は流星を秋津(蜻蛉の古名)に見立てた神名。
・水門神は昴を「天磐船=流星(隕石)」が船出する天の港に見立てた神名。
・「昴の神=流星の神」つまり「天の港である昴に集う神々は、そこから船出して天降る流星の神々でもある」という考え方があったことを示す。
関連ページ
・【速の章/饒速日命】……天磐船は流星(隕石)を船に見立てたもの。
・【速の章/速玉之男】……唾の神は流星を唾に、掃の神は彗星を掃に見立てたもの。
・【速の章/補足 大日孁貴、月読尊、蛭児の意味】……本書における神名解釈の方法。
・【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】……五伴緒や諸部の神は「昴と流星の神」。
・【櫛の章/櫛八玉神】……水戸神の孫。
・【玉の章/真玉著玉之邑日女命】……「昴と流星の神」と推定。
・【玉の章/天神玉命】……「昴と流星の神」と推定。
・【火の章/補足 天津真浦の意味】……天の美しい浦、天磐船が船出する天の港。
・【火の章/補足 御倉板挙之神、天湯河板挙、鳥取の意味】……御倉=甕浦=流星の浦=昴。
・【石の章/伊佐布魂命】……「昴と流星の神」と推定。
・【石の章/五百箇磐石】……「昴と流星の神」。
・【石の章/磐余彦尊】……流星の神の名と昴の神の名を持つ。
・【石の章/補足 タケ、トヨの意味】……万幡豊秋津媛命や天御虚空豊秋津根別の秋津も流星の意。