天櫛玉命
別名、伊勢都彦命など。三十二人の防衛の一柱で天降る神。夜中に日の様に輝き東へ去った神。
三十二人の防衛の一柱
天櫛玉命(アマノクシタマ)は『先代旧事本紀』巻第三、天神本紀において鴨県主らの祖とされる神である。【速の章/饒速日命】で前述した三十二人の防衛の一柱で天降る神である。
天降る神であるという点から、流星に由来する神である可能性がある。
夜中に日の様に輝き東へ去った神
また、『伊勢国風土記』逸文では伊勢津彦(伊勢津彦神、伊勢都彦命)、出雲建子命とも言う。
元は伊勢国にいたが、神武天皇の命で伊勢国の平定に来た天日別命に殺されそうになったため伊勢国を献上し、夜中に大風を起こし、日の様に輝き、波に乗り東へ去ったという。
(原文)
天日別命、令レ問云、「汝之去時、何以為レ験」。啓云、「吾以二今夜一、起二八風一吹二海水一、乗二波浪一将二東入一。此則吾之却由也」。天日別命、令レ整レ兵窺之、比及二中夜一、大風四起、扇二-挙波瀾一。光耀如レ日、陸国海共朗。遂乗レ波而東焉。
(書き下し文)
天の日別の命、問ひて云りたまはく「汝の去く時、何を以ちてか験となさむ」とのりたまふ。啓云さく「吾今夜を以ちて、八風を起して海水を吹き、波浪に乗りて東に入らむ。こは則ち吾が却ける由なり」とまをす。天の日別の命、兵を整へて窺ふに、中夜に比及りて大風四ゆ起り、波瀾を扇挙ぐ。光耀くこと日の如く、陸国も海も共朗けし。遂に波に乗りて東にゆきぬ。
(現代語訳)
天の日別の命が「お前が去り行く時、何でもって立ち去ったことがわかるのか」とお尋ねになった。伊勢津彦は、「私は、今夜、大風を起こして海水を吹き上げ、その波に乗って東国へ行こう。これが私の立ち去る証である」と申し上げた。そこで天の日別の命は、兵隊を準備して様子を窺っていたところ、真夜中頃になって、大風が四方から起こり、波しぶきをうち上げた。その波が光り輝く様は太陽のようで、急に陸も海も明るくなった。とうとうその波に乗って伊勢津彦は東国へ立ち去った。
《出典》植垣節也校注/訳『新編日本古典文学全集5 風土記』(小学館、一九九七年、四四六~四四八頁)
この現代語訳では「その波が光り輝く様は太陽のようで」となっているが、原文は「光耀如レ日」であり、波が光り輝いたと記されているわけではない。
真夜中に太陽のように光り輝くものは火球(特に明るい流星)と考えるのが妥当である。火球は満月より明るいこともある。
つまりこれは強風で波が高い夜に出現し、海上を東へ去った火球の描写と考えられる。これにより、天櫛玉命が流星の神であることが裏付けられる。
各文献における名前
『播磨国風土記』……伊勢都比古命
『伊勢国風土記』逸文……伊勢津彦、伊勢津彦神、出雲建子命、伊勢都彦命、天櫛玉命
『新撰姓氏録』……櫛玉命、天櫛玉命
『先代旧事本紀』……天櫛玉命
『播磨国風土記』では伊和大神の子、『伊勢国風土記』逸文では出雲の神の子、『新撰姓氏録』では高御魂命(高魂命)の子とされる。
神名解釈
神名の天櫛玉命(アマノクシタマ)を解釈すると、
天……そのまま「天」の意。
櫛……本章冒頭で述べたように「流星」を「櫛」に見立てたもの。
玉……【玉の章】で後述するように「星」を「玉」に見立てたもの。
これにより天櫛玉命は「天の櫛のような星の神」つまりは「流星の神」と解釈できる。
まとめ
天櫛玉命(アマノクシタマ)……流星の神
【速の章/饒速日命】で前述した三十二人の防衛の一柱で天降る神。
真夜中に大風を起こし、太陽のように光り輝き、波に乗り東へ去った。
これは強風で波が高い夜に出現し、海上を東へ去った火球の描写。これにより流星の神であることが裏付けられる。