流星と昴の日本神話
石の章

補足 八坂の意味

天降る神・八坂彦(ヤサカヒコ)命の八坂(やさか)八坂瓊(やさかに)の略で「星」の意。八坂振天某辺(やさかふるあまいろべ)八坂振天(やさかふるあま)は「星降る天」。

 

八坂彦(ヤサカヒコ)

【石の章/長白羽神】で前述した長白羽(ナガシラハ)神は伊勢国(いせのくに)麻続(おみ)の祖とされるが、『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』天神本紀においては八坂彦(ヤサカヒコ)命が伊勢神麻続連(いせのかむおみのむらじ)らの祖とされる。

八坂彦(ヤサカヒコ)命は【速の章/饒速日命】で前述した三十二人の防衛(ふせぎまもり)の一柱で天降る神である。

天降る神であるという点から、流星に由来する神である可能性がある。

では、この八坂彦(ヤサカヒコ)命の「八坂(やさか)」とは何を意味しているのか。

 

八坂瓊(やさかに)の意味

日本神話で「八坂(やさか)」が付くものとしては、五百箇御統(いおつのみすまる)の別名、八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつのみすまる)八坂瓊之曲玉(やさかにのまがたま)がある。八尺勾璁之五百津之御須麻流之珠(やさかのまがたまのいおつのみすまるのたま)という別名もあり「八尺(やさか)」とも書く。

八尺(やさか)」は「長さの長いこと。非常に大きいこと」「八尺。サカは長さの単位」(『時代別国語大辞典 上代編』三省堂、一九六七年)の二つの意味が考えられる。

(しゃく)の長さは時代によって異なるが、八(しゃく)は二メートル前後にもなる。「八坂瓊(やさかに)」の「()」は「玉の類」(『時代別国語大辞典 上代編』)を意味するが、勾玉(まがたま)などの大きさとしては大きすぎる。このため「八坂瓊(やさかに)」とは「八(しゃく)の玉」ではなく「非常に大きな玉」の意と考えられる。

八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつのみすまる)を解釈すると、「八坂瓊(やさかに)」は「非常に大きな玉」、「五百箇(いおつ)」は「数多く豊かな意で接頭語的に用いられる」(『時代別国語大辞典 上代編』)、「御統(みすまる)」は「多くの玉(勾玉・菅玉など)を緒に貫いて()べくくり、環状にしたもの。ミは接頭語。首にかけたり腕にまいたりして飾りとした」(『時代別国語大辞典 上代編』)、つまり「多くの非常に大きな玉を()で貫いて環状にした飾り」と解釈できる。

そしてこの八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつのみすまる)【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】で前述したように(すばる)と考えられる。

つまり「八坂瓊(やさかに)」とは「星」を「非常に大きな玉」に見立てたものと考えられる。

 

八坂(やさか)の意味

八坂彦(ヤサカヒコ)命は前述したように天降る神であり、流星に由来する神である可能性があるので、この神名中の「八坂(やさか)」は「八坂瓊(やさかに)」の略で「星」の意と推定できる。「ヒコ」は男神の神名末尾のパターンと考えられるので、八坂彦(ヤサカヒコ)命(ヤサカヒコ)は「星の男神」と解釈できる。

他に「八坂(やさか)」が名に付く例としては、次のように皇族の例もある。

 

崇神(すじん)天皇の妃の八坂振天某辺(やさかふるあまいろべ)

崇神(すじん)天皇の皇子の八坂入彦(やさかいりひこ)

景行(けいこう)天皇の妃の八坂入媛(やさかいりひめ)命(八坂入彦(やさかいりひこ)命の娘)

 

この場合も「八坂(やさか)」は「八坂瓊(やさかに)」の略で「星」の意と考えると、八坂振天某辺(やさかふるあまいろべ)の「八坂振天(やさかふるあま)」は「星降る天」と解釈できる。「八坂(やさか)」が「八坂瓊(やさかに)」の略で「星」の意とする推定を裏付けるものと言える。

 

()」が略されている実例

また「八坂瓊(やさかに)八坂(やさか)」のように「()」が略されている実例としては次のものが挙げられる。いずれも『日本書紀』では「()」が付いているが、『古事記』では「()」が付かない名となっている。

 

崇神(すじん)天皇の皇女の十市瓊入姫(とおちにいりひめ)命→十市之入日売(とおちのいりひめ)

垂仁(すいにん)天皇の妃の渟葉田瓊入媛(ぬばたにいりひめ)沼羽田之入毘売(ぬばたのいりびめ)

垂仁(すいにん)天皇の妃の薊瓊入媛(あざみにいりひめ)阿邪美能伊理毘売(あざみのいりびめ)

垂仁(すいにん)天皇の皇子の稚城瓊入彦(わかきにいりひこ)命→若木入日子(わかきいりひこ)

 

まとめ

八坂彦(ヤサカヒコ)命は【速の章/饒速日命】で前述した三十二人の防衛(ふせぎまもり)の一柱で天降る神。

【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】で前述したように八坂瓊之五百箇御統(やさかにのいおつのみすまる)(すばる)。つまり「八坂瓊(やさかに)」とは「星」を「非常に大きな玉」に見立てたもの。

八坂彦(ヤサカヒコ)命の「八坂(やさか)」も「八坂瓊(やさかに)」の略で「星」の意と推定できる。

八坂振天某辺(やさかふるあまいろべ)の「八坂振天(やさかふるあま)」は「星降る天」と解釈でき、この推定を裏付ける。