流星と昴の日本神話
火の章

補足 御倉板挙之神、天湯河板挙、鳥取の意味

御倉板挙(ミクラタナ)之神=(すばる)棚機(たなばた)の神、天湯河板挙(アマノユカワタナ)=天の川の棚機(たなばた)鳥取(ととり)外つ織(とつおり)外つ国(とつくに)の織物)。

 

御倉板挙(ミクラタナ)之神と五百箇御統(いおつのみすまる)

御倉板挙(ミクラタナ)之神は『古事記』で伊奘諾(イザナキ)尊が天照(アマテラス)大神に与えた御頸珠(みくびたま)(玉を緒で連ねた首飾り)の名前である。

【速の章/補足 天照大神と素戔嗚尊の誓約の意味】で前述した天照(アマテラス)大神が持つ五百箇御統(いおつのみすまる)も玉を緒で連ねた飾りであり、首にかけている描写もあるので、これと同じものと考えられる。

つまり、御倉板挙(ミクラタナ)之神もまた五百箇御統(いおつのみすまる)と同様に(すばる)を意味すると考えられる。

 

御倉(ミクラ)の意味

そしてこの点から御倉板挙(ミクラタナ)之神の「御倉(ミクラ)(ミクラ)」は「甕浦(ミカウラ)(ミカラ)」が序文で述べた母音の連続を避ける傾向により変化したものと考えられる。

(ミカ)」は【甕の章】で前述したように「流星」を「(みか)」に見立てたもの、「(ウラ)」は【火の章/補足 天津真浦の意味】で前述したように「港」の意と考えられるので、御倉(ミクラ)甕浦(ミカウラ)=流星の港=(すばる)と解釈できる。

 

板挙(タナ)の意味

では、御倉板挙(ミクラタナ)之神の「板挙(タナ)」とは何を意味しているのか。

素戔嗚(スサノオ)尊は高天原(たかまのはら)において逆剥(さかは)ぎにした天斑駒(あまのふちこま)服殿(はたどの)へ投げ入れたとされている。

『古事記』においては、この服殿(はたどの)天照(アマテラス)大神が神衣(かんみそ)を織らせていたが、共にいた天服織女(アマノハタオリメ)が驚いて()(横糸を通す道具)で(ほと)を突いて死んでしまったとされる。

『日本書紀』神代上第七段本文においては、神衣(かんみそ)を織っていた天照(アマテラス)大神自身が驚いて()で身を傷つけてしまったとされる。

『日本書紀』同段一書第一においては、神衣(かんみそ)を織っていた稚日女(ワカヒルメ)尊が()で身を傷つけて死んでしまったとされる。

天服織女(アマノハタオリメ)稚日女(ワカヒルメ)尊は共に天照(アマテラス)大神と同じく(はた)を織る女神であり、天服織女(アマノハタオリメ)天照(アマテラス)大神と共に服殿(はたどの)におり、稚日女(ワカヒルメ)尊は大日孁貴(オオヒルメノムチ)天照(アマテラス)大神の別名)に似た神名を持つので、いずれも天照(アマテラス)大神と近しい関係の神と言える。また、同じ死に方をしているのでおそらくは同神と考えられる。

天照(アマテラス)大神が身に着ける首飾りの神である御倉板挙(ミクラタナ)之神もまた、同様に天照(アマテラス)大神と近しい関係の神と言えるので、天服織女(アマノハタオリメ)稚日女(ワカヒルメ)尊と同神あるいは同種の神である可能性がある。

このことから、御倉板挙(ミクラタナ)之神の「板挙(タナ)」は「棚機(たなばた)(機織り機や機を織る女性)」の意と推定できる。つまり御倉板挙(ミクラタナ)之神は「(すばる)棚機(たなばた)の神」と解釈できる。

 

鳥取(ととり)氏の祖、天湯河板挙(アマノユカワタナ)

とはいえ、これだけでは「板挙(タナ)」を「棚機(たなばた)」の意と解釈する根拠としては不十分である。また、【速の章/補足 大日孁貴、月読尊、蛭児の意味】で前述したように、単独の名前にしか適用できないような神名解釈は、こじつけに陥りやすく信憑性に欠ける。

このため、「板挙(タナ)」が付く他の名前においても同様の解釈が適用できるか確認してみる。

天湯河板挙(アマノユカワタナ)という人が『日本書紀』に登場している。同様の解釈を適用すれば、こちらは「天の川の棚機(たなばた)」と解釈できる。

『日本書紀』垂仁(すいにん)天皇二十三年十月、十一月の条によれば、天湯河板挙(アマノユカワタナ)が白鳥を捕らえて垂仁(すいにん)天皇の皇子である誉津別(ホムツワケ)皇子に献上したところ、(おし)であった誉津別(ホムツワケ)皇子が話すことができるようになったので、天湯河板挙(アマノユカワタナ)(かばね)(たまわ)わり鳥取造(ととりのみやつこ)となった。また鳥取部(ととりべ)鳥養部(とりかいべ)誉津部(ほむつべ)が定められたと言う。

なお、鳥取県の名は因幡国(いなばのくに)邑美郡(おうみぐん)鳥取郷(ととりごう)に由来し、鳥取郷(ととりごう)の名はこの地に住んだ鳥取部(ととりべ)に由来すると言われている。

 

鳥取(ととり)の意味

鳥を捕ったから鳥取(ととり)という名になったという『日本書紀』の話からは、その鳥取(ととり)氏の祖が「天の川の棚機(たなばた)」という名を持つ理由は理解できない。

しかし、この話が鳥取(ととり)という名から作られた良くある後付けの由来譚に過ぎず、実際には服部(はとり)錦部(にしこり)倭文(しとり)と同様に鳥取(ととり)も織物関連の氏族であったならば、鳥取(ととり)氏の祖が「天の川の棚機(たなばた)(機織り機や機を織る女性)」という名を持つ理由が理解できる。

服部(はとり)(はとり)は機織(はたおり)(はたり)が、錦部(にしこり)(にしこり)は錦織(にしきおり)(にしきり)が、倭文(しとり)(しとり)は倭文織(しつおり)(しつり)が序文で述べた母音の連続を避ける傾向により変化したものである。

これと同様に鳥取(ととり)(ととり)は外つ織(とつおり)(とつり)が変化したもので、外つ国(とつくに)(畿外や異国)の織物の意と推定できる。

つまり、倭文(しとり)倭文織(しつおり))は(やまと)の織物、鳥取(ととり)外つ織(とつおり))は外つ国(とつくに)の織物という対応関係があったと思われる。

 

織物関連の氏族

では、鳥取(ととり)氏が織物関連の氏族であったことを裏付ける根拠はあるだろうか。

新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』において天湯河板挙(アマノユカワタナ)鳥取(ととり)氏は角凝魂命の子孫として次のように記されている。

 

・右京神別(しんべつ)上 天神 鳥取連(ととりのむらじ)……角凝魂命の三世の孫、天湯河桁(アマノユカワタナ)命の後なり。

山城国(やましろのくに)神別(しんべつ) 天神 鳥取連(ととりのむらじ)……天角己利命の三世の孫、天湯河板挙(アマノユカワタナ)命の後なり。

河内国(かわちのくに)神別(しんべつ) 天神 美努連(みののむらじ)……同神(角凝魂命)の四世の孫、天湯川田奈(アマノユカワタナ)命の後なり。

河内国(かわちのくに)神別(しんべつ) 天神 鳥取(ととり)……同神(角凝魂命)の三世の孫、天湯河桁(アマノユカワタナ)命の後なり。

和泉国(いずみのくに)神別(しんべつ) 天神 鳥取(ととり)……角凝命の三世の孫、天湯河桁(アマノユカワタナ)命の後なり。

 

そして倭文(しとり)氏(委文(しとり)氏)もまた次のように角凝魂命の子孫として記されている。

 

摂津国(せっつのくに)神別(しんべつ) 天神 委文連(しとりのむらじ)……角凝魂命の男(息子)、伊佐布魂(イサフタマ)命の後なり。

河内国(かわちのくに)神別(しんべつ) 天神 委文宿祢(しとりのすくね)……角凝魂命の後なり。

 

鳥取(ととり)氏が倭文(しとり)氏と同様に織物関連の氏族であったことは、このように鳥取(ととり)氏と倭文(しとり)氏が同祖の近縁氏族であることから裏付けられる。

また『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』において右京神別(しんべつ)上 天神 鳥取連(ととりのむらじ)の直前には神麻績連(かんおみのむらじ)が記されており、山城国(やましろのくに)神別(しんべつ) 天神 鳥取連(ととりのむらじ)の直前には錦部首(にしこりのおびと)が記されている。

麻績(おみ)」は()()むこと(麻を細く裂いたものをより合わせて麻糸を作ること)、あるいはそれを職とする人のことであり、「錦部(にしこり)」は前述したように錦織(にしきおり)の変化なので、神麻績連(かんおみのむらじ)錦部首(にしこりのおびと)は、いずれも織物関連の氏族である。

つまりは織物関連の氏族を神麻績連(かんおみのむらじ)鳥取連(ととりのむらじ)錦部首(にしこりのおびと)鳥取連(ととりのむらじ)と並べて記したと考えられる。

このように鳥取(ととり)氏が織物関連の氏族であったことが裏付けられたので、天湯河板挙(アマノユカワタナ)御倉板挙(ミクラタナ)之神の「板挙(タナ)」を「棚機(たなばた)」の意とする解釈もまた裏付けられたと言える。

 

まとめ

伊奘諾(イザナキ)尊が天照(アマテラス)大神に与えた御頸珠(みくびたま)御倉板挙(ミクラタナ)之神は「五百箇御統(いおつのみすまる)(すばる)」と同じもの。

御倉板挙(ミクラタナ)之神は「(すばる)棚機(たなばた)の神」。御倉(ミクラ)甕浦(ミカウラ)=流星の港=(すばる)板挙(タナ)棚機(たなばた)

鳥取(ととり)氏の祖である天湯河板挙(アマノユカワタナ)は「天の川の棚機(たなばた)」。このような名を持つのは服部(はとり)錦部(にしこり)倭文(しとり)と同様に鳥取(ととり)も織物関連の氏族であったから。鳥取(ととり)外つ織(とつおり)外つ国(とつくに)の織物)。

・これは鳥取(ととり)氏と倭文(しとり)氏が共に角凝魂命を祖とする近縁氏族であることから裏付けられる。

 

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