速素戔嗚尊
素戔嗚尊の別名。日の神、月の神と共に生まれた天降る速い星の神=流星の神。
日の神、月の神と共に生まれた神
速素戔嗚尊(ハヤスサノオ)は素戔嗚尊の別名である。
伊奘諾尊は妻の伊奘冉尊が軻遇突智の火に焼かれて亡くなった後、妻に会うために黄泉(死者の国)へ行く。
しかし姿を見ないでほしいという伊奘冉尊の言葉を守らず、蛆が湧いている伊奘冉尊の姿を伊奘諾尊は見てしまう。これを恨んだ伊奘冉尊に伊奘諾尊は追いかけられ、黄泉から逃げ帰る。
『古事記』や『日本書紀』神代上第五段一書第六においては、伊奘諾尊が黄泉の穢れを落とすため、左目を洗った時に日の神・天照大神が、右目を洗った時に月の神・月読尊が、鼻を洗った時に素戔嗚尊が生まれたとされる。
(書き下し文)
然して後に左の眼を洗ひたまふ。因りて神を生みたまひ、号けて天照大神と曰す。復右の眼を洗ひたまふ。因りて神を生みたまひ、号けて月読尊と曰す。復鼻を洗ひたまふ。因りて神を生みたまひ、号けて素戔嗚尊と曰す。凡て三神なり。
(現代語訳)
そうして後に左の眼を洗われた。これによって神をお生みになり、名付けて天照大神と申す。また右の眼を洗われた。これによって神をお生みになり、名付けて月読尊と申す。また鼻を洗われた。これによって神をお生みになり、名付けて素戔嗚尊と申す。合せて三柱の神である。
《出典》小島憲之・直木孝次郎・西宮一民・蔵中進・毛利正守校注/訳『新編日本古典文学全集2 日本書紀1』(小学館、一九九四年、五〇~五一頁)
根国へ追放される
素戔嗚尊は『日本書紀』神代上第五段本文や、同段一書の第一・第二(本文とは異なる伝えが一書として複数併記されており、その一番目・二番目)では、性格が残忍であることなどから、根国(根之堅州国、底根之国。地底の国)へ追放されたとされる。
これに対して『古事記』や『日本書紀』神代上第五段一書第十一では海原を、『日本書紀』神代上第五段一書第六では天下を治めるよう伊奘諾尊に命じられたとされる。
しかし、素戔嗚尊はこれに従わず、母のいる根国へ行きたいと泣いてばかりいたため、根国へ追放されたとされる。
天照大神と素戔嗚尊の誓約
素戔嗚尊は根国へ行く前に高天原(天上の国)を治める天照大神に会いに行くが、国を奪いに来たのではないかと疑われる。
このため、互いの持ち物(素戔嗚尊の剣と、天照大神が持つ五百箇御統)を交換してその物から互いに神を生み出し、生み出された神の性別によって悪意の有無を占う誓約を行う。
この素戔嗚尊の剣(蛇韓鋤之剣とも言う)は「からすき星(オリオン座の三つ星の和名)」、五百箇御統は「昴」と解釈する説があり、妥当な説と考えている。詳細は【速の章/補足 アマテラスとスサノオの誓約の意味】で後述する。
天岩戸隠れ
誓約の結果、素戔嗚尊には悪意は無いと判断される。しかし素戔嗚尊はその後、田のあぜを壊す、田に水を引く溝を埋める、祭殿を糞で汚す、逆剥ぎにした天斑駒を服殿へ投げ入れる、など傍若無人に振る舞う。
怒った天照大神は天岩戸に隠れ、それにより世界は常闇となってしまう。
その後、多くの神々の尽力により天照大神が天岩戸から引き出されて騒動は解決する。
そして素戔嗚尊は高天原を追放されて葦原中国(地上の国)へ天降り、出雲国で八岐大蛇退治を行う。またその後、根国へ行ったともいう。
「天岩戸隠れは嵐が日を覆い隠す神話」ではない
一八九九年(明治三十二年)、文芸評論家の高山樗牛は「古事記神代巻の神話及び歴史」において次のように述べた。
天地日月に次で崇拜の對象となるものは嵐なり。是れ諸多の神話中、殊に印度の因陀羅に於て著しきを見る。是れ我邦の須佐之男命に相應する者也。(中略)即ち天照大御神と須佐男之命との軋轢は、神話として見れば、太陽と嵐との空中に其優劣を爭ふなり。天照大御神が天岩戶に隱れ給ひしは、即ち嵐が一時天日を蔽へるなり。
《出典》高山樗牛「古事記神代巻の神話及び歴史」(『中央公論 第十四年第三号』反省社、一八九九年、一〇~一一頁)
つまり、素戔嗚尊は嵐の神、「天岩戸隠れ」は嵐が日を覆い隠す神話と解釈した。
同年、神話学者の高木敏雄も「素尊嵐神論」(帝国文学会編『帝国文学 第五巻第十一号・第十二号』大日本図書、一八九九年)においてこれに賛同した。素戔嗚尊を嵐の神とするこの説は現在では広く知られている。
しかしこの説では「天岩戸隠れ」以外の天岩戸が登場する神話、つまり高皇産霊尊が天岩戸を引き開けて火瓊瓊杵尊を天降らせる神話や、天安河の河上の天岩戸に住む伊都之尾羽張神の神話を考慮していない。このためこれらの「天岩戸神話」全体の意味を説明できていない。
「天岩戸」は天の穴で昴、「天岩戸隠れ」はこの天の穴に日が隠れる日食神話と解釈すれば、これらの「天岩戸神話」全体の意味を説明することができる。これについては【速の章/補足 天岩戸、天安河の河上の意味】、【玉の章/補足 イザナキの剣の意味】で後述する。
日・月・星
共に生まれた天照大神、月読尊、素戔嗚尊は『古事記』において「三貴子」と称されている。天照大神が日の神、月読尊が月の神であることは『日本書紀』神代上第五段本文に明記されているが、素戔嗚尊が何の神であるかは記紀に明記されておらず、嵐の神とも海の神とも言われる。
しかしこの「日・月・嵐」説や「日・月・海」説には不自然さを感じる方も多いのではないだろうか。「日」「月」ときて、あともう一つは何かと問えば、同様に天体である「星」というのが自然な答えと思われる。
「スサノヲは金星」ではない
この点から素戔嗚尊を星の神と考える説はすでにある。
民族学者(民俗学者ではない)の大林太良は次のように述べている。
たしかに日神と争う嵐神という解釈には、高木が挙げるようなしかるべき根拠がある。それでもアマテラス(太陽)、ツクヨミ(月)の末弟としてスサノヲが嵐では、どうも釣合いが取れないのではないか? やはり太陽や月のような天界の光体だと、あるいは元来はそうだったと、考えるべきではないか? こう考えてくると、候補として上ってくるのは金星である。
《出典》「スサノヲは金星か」(松原孝俊・松村一男編『比較神話学の展望』青土社、一九九五年、四七~四八頁)
大林太良はこのように星の中でも特に金星と考えた。
しかし、素戔嗚尊は天を追放され天降る神であり、速素戔嗚尊など「速」が付く別名を持つ神でもある。このため金星ではなく、天降る速い星の神=流星の神と考えるのが妥当と思われる。
各文献における名前
『古事記』……建速須佐之男命、速須佐之男命、須佐之男命、須佐能男命
『日本書紀』……素戔嗚尊、神素戔嗚尊、速素戔嗚尊、武素戔嗚尊
『出雲国風土記』……神須佐乃袁命、須佐乎命、伊弉奈枳乃麻奈子坐熊野加武呂乃命、熊野大神、熊野大神命、須佐能袁命、須佐袁命、須作能乎命、須佐能乎命、神須佐能袁命、神須佐乃乎命
『備後国風土記』逸文……武塔神、速須佐雄能神
『古語拾遺』……素戔嗚神
『新撰姓氏録』……素佐能雄命、素戔烏命
『先代旧事本紀』……素戔烏尊、建速素戔烏尊、速素戔烏命、神素戔烏尊、建素戔烏尊、速建素戔烏尊、速素戔烏尊
『延喜式』祝詞「出雲国造神賀詞」……伊射那伎乃日真名子加夫呂伎熊野大神櫛御気野命
スサの意味
江戸時代の国学者・本居宣長は『古事記伝』(一七九八年)において、「須佐之男」の「須佐」は「須佐備」の意で「進むこと」「進み荒ぶる意」と解釈した。
しかし、現在では「すさぶ」は、風が吹きすさぶ、心がすさぶ等、荒れることを意味するが、古くは「すさび」とは「心の赴くままにすること」(『角川古語大辞典』角川書店)という意味であった。
「スサノオ」の「スサ」を「すさび」の意とする点には同意できるが、「すさび」は「進むこと」「進み荒ぶる意」というよりは「心の赴くままにすること」と解釈するのが妥当である。これは素戔嗚尊の傍若無人な性格にも合致する。
神名解釈
神名の素戔嗚尊(スサノオ)を解釈すると、
スサ……前述したように「すさび」の意で「心の赴くままにすること」。
ノ……そのまま「〜の」という連体助詞。
これにより素戔嗚尊は「心の赴くままの男神」と解釈できる。
速素戔嗚尊(ハヤスサノオ)は「速く心の赴くままの男神」と解釈できる。
別名の櫛御気野命の神名解釈については【甕の章/櫛御気野命】で後述する。
「心の赴くままの男神」の意味
では、なぜ素戔嗚尊は「心の赴くままの男神」という神名・性格を持つのか。
恒星の出現・移動は規則的で予測可能だが、流星の出現・移動は不規則で予測不可能であるため、流星は「心の赴くまま」に出現・移動するように見える星と言える。つまり「心の赴くままの男神」という素戔嗚尊の神名・性格は、流星の神であることに由来すると考えられる。
まとめ
速素戔嗚尊(ハヤスサノオ)……流星の神
素戔嗚尊の別名。日の神、月の神と共に生まれているので同様に天体である星の神。
「速」が付く別名を持ち、天を追放されて天降るので、天降る速い星の神=流星の神。
「スサノオ」は「心の赴くままの男神」の意。傍若無人な性格にも合致する。
これは流星が「心の赴くまま」に出現・移動するように見えることに由来。
関連ページ
【櫛の章/奇稲田姫】……素戔嗚尊の妻。
【石の章/有功之神】……素戔嗚尊の子。五十猛神の別名。