補足 オカミとミツハの意味
水神の名に付くオカミは「大きな器の神=大きな雲の神」、ミツハは「水の羽=雲」の意。
高龗、闇龗、淤迦美神
【序文】で述べたように、伊奘冉尊は火の神・軻遇突智の出産時に軻遇突智の火に焼かれて亡くなる。これを悲しんだ伊奘諾尊が軻遇突智を剣で斬ると、剣から飛び散った軻遇突智の血が磐の群れ(五百箇磐石、湯津石村)に付き、そこから磐裂神、根裂神らが生まれたという。
このとき、斬られた軻遇突智の血や体からは他に高龗(タカオカミ)、闇龗(闇淤加美神、クラオカミ)という神も生まれている。また『古事記』における大国主神の祖先にも淤迦美神(オカミ)という神がいる。
「クラは谷の意」ではない
江戸時代の国学者・本居宣長は『古事記伝』(一七九八年)において闇淤加美神のクラは「谷のことなり」、オカは「いまだ思ヒ得ず」(つまり不明)、ミは「龍蛇の類の称なり」としている。
また、闇淤加美神と共に生まれた闇御津羽神の神名についても、クラは谷、ミは水、ツハは「未ダ思ヒ得ず」としている。
しかし、このようにクラオカミ、クラミツハの神名全体の意味が不明なまま、クラは谷の意とするのは、神名全体として意味の整合がとれている保証がなく、信憑性に欠ける解釈と言える。
軻遇突智の血や体からは他に闇山祇(闇山津見神)という神も生まれている。
坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本古典文学大系67 日本書紀 上』(岩波書店、一九六七年)は、闇山祇の注釈において「クラは谷の意」説を継承して「谷に住む山の神」としている。
しかし、これについても神名全体として意味の整合がとれておらず、谷に住んでいるのになぜ山の神なのか、それは谷の神ではないのか、と疑問を感じる解釈である。
オカミ、ミツハの意がわからないまま「クラは谷の意」とする説は無理のある説と言える。
オカミの意味
では「オカミ」とは何を意味しているのか。
闇淤加美神や淤迦美神といったように、「オカミ」の後にさらに「神」が付いていることからもわかるように、「オカミ」の「カミ」は「神」の意ではない。また「オカミ」のミは上代特殊仮名遣における「甲類のミ」であり、「神」のミは「乙類のミ」という違いもある。
「オカミ」を解釈すると、
・「オ」は【甕の章/補足 御食津神の神名の意味】で前述したように「大」の意。
・「カ」は【甕の章/櫛御気野命】で前述したように「器」の意。
・「ミ」は神名末尾のパターン。
これにより「大きな器の神」と解釈できる。
つまり、【甕の章/補足 御食津神の神名の意味】で前述した御食津神の名に付くオオゲ、ウケ、ウカと同様に、オカミのオカも「大きな器」の意と解釈できる。
ただし、神名にオカミが付く神は御食津神とされていないので、この「大きな器」は御食津神とは別のものを意味していると考えられる。
では、この場合の「大きな器」とは何を意味しているのか。
神名にオカミが付く神は、水や雨を司る神として貴船神社(京都府京都市左京区鞍馬貴船町180)などで祀られている。
この点から、この「大きな器」は水が入っている器と推定できる。
また、タカオカミ、クラオカミという神名から、この「大きな器」は「高い」「暗い」と形容できるものと考えられる。
つまりは大量の雨を降らせる「大きな雲」である積乱雲を、大量の水が入った「大きな器」に見立てたものと考えられる。積乱雲は非常に大きく背が高い雲であり、その分日光がさえぎられて雲の下から見ると通常の雲より暗いので「大きい」「高い」「暗い」という形容に合致している。
これによりオカミが付く各神名は次のように解釈できる。
・淤迦美神(オカミ)は「大きな器の神」「大きな雲の神」
・高龗(タカオカミ)は「高く大きな器の神」「高く大きな雲の神」
・闇龗(闇淤加美神、クラオカミ)は「暗く大きな器の神」「暗く大きな雲の神」
ミツハの意味
伊奘諾尊に斬られた軻遇突智の血からは闇龗(闇淤加美神)と共に闇罔象(闇御津羽神、クラミツハ)も生まれている。そして軻遇突智の出産で苦しむ伊奘冉尊の尿からは、罔象女(弥都波能売神、ミツハノメ)という神も生まれている。
では、この「ミツハ」とは何を意味しているのか。
神名にミツハが付く神は、神名にオカミが付く神と同様に水や雨を司る神として祀られている。また、クラミツハの名から、ミツハもオカミと同様に「暗い」と形容できるものと考えられる。このため、ミツハもオカミと同様に雲に関連する言葉と推定できる。
これを前提として「ミツハ」を解釈すると、
・「ミ」は「水」の意。
・「ツ」は古語で「〜の」を意味する連体助詞。
・「ハ」は「羽」の意。
これにより「水の羽」と解釈できる。そしてこれは「雲」の意と考えられる。
水はそれだけでは空を飛ぶことはできないが、空を飛ぶ雲からは雨として降ってくる。このことから、「雲」を「水」が空を飛ぶための「羽」に見立てたものと考えられる。
「メ」は女神の神名末尾のパターンと考えられるので、ミツハが付く各神名は次のように解釈できる。
・罔象女(弥都波能売神、ミツハノメ)は「水の羽の女神」「雲の女神」
・闇罔象(闇御津羽神、クラミツハ)は「暗い水の羽の神」「暗い雲の神」
まとめ
・水や雨を司る神の名に付く「オカミ」は「大きな器の神」の意。
・これは大量の雨を降らせる「大きな雲」を大量の水が入った「大きな器」に見立てたもの。
・水や雨を司る神の名に付く「ミツハ」は「水の羽」の意。
・これは雨を降らせる「雲」を「水」が空を飛ぶための「羽」に見立てたもの。