補足 フツの意味
天降る神・剣・鏡の名に付く「フツ」は「降る神」の意。「物を断ち切る音」ではない。
神名にフツが付く神
最後に天降る神・剣・鏡の名に付く「フツ」の意味について解釈する。
【甕の章/武甕槌神】では武甕槌神が流星の神と考えられることを前述しているが、この武甕槌神には建布都神(タケフツ)、豊布都神(トヨフツ)という別名がある。
【甕の章/甕布都神】では武甕槌神の剣である韴霊(布都御魂、フツノミタマ)、別名、甕布都神(ミカフツ)、佐士布都神(サジフツ)も流星の神と考えられることを前述している。なお、飯田道夫『庚申信仰 庶民宗教の実像』(人文書院、一九八九年、121頁)では「佐士は佐比の間違いであろう」としており、妥当な説と考えている(「さひ」は刀を意味する)。
【石の章/斎主神】では経津主神(フツヌシ)も流星の神と考えられることを前述している。
【甕の章/撞賢木厳之御魂天疎向津媛命】では八咫鏡が「天岩戸=昴」の神であり流星の神でもある「昴と流星の神」と考えられることを前述しているが、この八咫鏡の別名を真経津鏡(マフツノカガミ)と言うことが『日本書紀』神代上第七段本文に記されている。
つまりこれら神名に「フツ」が付く神は全て流星の神と考えられる。
「フツは物を断ち切る音」ではない
この「フツ」は「物を断ち切る音」「断ち切るさま」などと解釈されていることが多い。
たしかに古語の「ふっつり」は「物の断ち切れる音」の意だが、豊布都神が「豊かなふっつりの神」「豊かな物を断ち切る音の神」「豊かな断ち切るさまの神」というのは意味が通らない解釈である。
また、剣である韴霊(布都御魂)や剣神ともされる武甕槌神・経津主神はまだしも、真経津鏡の場合には無理がある解釈と言える。
「フツは朝鮮語」ではない
神話学者の三品彰英は「フツノミタマ考―刀剣文化の伝来と日鮮建国神話の研究―」(『三品彰英論文集 第二巻 建国神話の諸問題』平凡社、一九七一年、268~269頁)において、真フツノ鏡とフツノミタマに共通する本質から「フツ」の意味が解釈されるべきと論じ、「フツ」を光の降臨、神霊の降臨に関係する言葉と考え、朝鮮語のpur(火)、purk(赤・赫)、park(明)の同系語と解釈した。
「フツ」を光の降臨、神霊の降臨に関係する言葉と考える点には同意できる。しかし朝鮮語を持ち出してくる必要は無く、「フツ」は日本語として解釈できる。
フの意味
まず「フツ」の「フ」については、次の点から「降る」の語幹の「ふ」と考えられる。
・前述した名前にフツが付く神・剣・鏡は、いずれも天から地上へ「降る」神・剣・鏡である。
・韴霊(布都御魂)を祀る石上神宮は布留山の高台に鎮座し石上振神宮とも言うが、この「布留」「振」はつまり「降る」の意と考えられる。
【速の章/速素戔嗚尊】で前述した素戔嗚尊の神名に「すさぶ」の語幹の「すさ」が使われているのと同様と考えられる。
【石の章/補足 火瓊瓊杵尊の降臨地名の意味】で前述したように、火瓊瓊杵尊が天降った山は『古事記』では「久士布流多気(くしふるたけ)」、『日本書紀』神代下第九段一書第一では「槵觸之峯(くしふるのたけ)」と記されているが、『薩摩国風土記』逸文では「槵生峯(くしふのたけ)」と記されている。これは「ふる」が「ふ」となり得ることを示す実例と言える。
【速の章/立速男命】で前述した立速男命の別名である速経和気命(ハヤフワケ)や、【石の章/伊佐布魂命】で前述した伊佐布魂命(イサフタマ)の「フ」も同じく「降る」の意と考えられる。
ツの意味
また「フツ」の「ツ」については、「タケフツ」「トヨフツ」「ミカフツ」「サジフツ」といったように神名末尾につく例が多い点から、【櫛の章/櫛真智命】や【櫛の章/補足 ユウツヅの意味】で前述した神名末尾のパターン「チ」がウ段に変化して「ツ」となったものと考えられる。
「フツノミタマ」や「フツヌシ」については、「ミタマ」や「ヌシ」も神名末尾のパターンなので、神名末尾のパターンが複数重なったものと理解できる。
「マフツノカガミ」では末尾に付いていないが、これについては神名そのものではなく、神名を冠した鏡の名前と理解できる。
フツの意味
このように「フ」は「降る」の語幹、「ツ」は神名末尾のパターンと考えられるので、「フツ」は「降る神」と解釈できる。
前述した神名に「フツ」が付く神が全て流星の神と考えられることから、この「降る神」は、つまり流星の神の描写と考えられる。これは確かに光の降臨、神霊の降臨に関係する言葉と言える。
これにより「フツ」が付く名前はそれぞれ次のように解釈できる。
・建布都神(タケフツ)は「荒々しい降る神」「荒々しい流星の神」
・豊布都神(トヨフツ)は「豊かな降る神」「豊かな流星の神」
・韴霊(布都御魂、フツノミタマ)は「降る神」「流星の神」
・甕布都神(ミカフツ)は「甕のような降る神」「甕のような流星の神」
・佐士布都神(サジフツ)は「佐士は佐比の間違い」とする説に従い、「刀のような降る神」「刀のような流星の神」
・経津主神(フツヌシ)は「降る神」「流星の神」
・真経津鏡(マフツノカガミ)は「美しい降る神の鏡」「美しい流星の神の鏡」(「真」は古語で「美しい」の意)
まとめ
・フツを「物を断ち切る音」とする従来の解釈は豊布都神や真経津鏡の場合に無理がある。
・フツの「フ」は「降る」の語幹、「ツ」は神名末尾のパターンと考えられるので「降る神」と解釈できる。
・神名にフツが付く神は流星の神なので「フツ=降る神」は、つまり流星の神の描写。
関連ページ
・【速の章/速素戔嗚尊】……素戔嗚尊のスサは「すさぶ」の語幹。
・【速の章/立速男命】……別名の速経和気命は「速く降る神」の意。
・【櫛の章/櫛真智命】……櫛真智命の別名、オオマドノチ、オオマドノツは同義。
・【櫛の章/補足 ユウツヅの意味】……神名中のツツはツチと同義。星の意ではない。
・【甕の章/武甕槌神】……流星の神。別名、建布都神、豊布都神。
・【甕の章/甕布都神】……流星の神。別名、韴霊(布都御魂)、佐士布都神。
・【甕の章/撞賢木厳之御魂天疎向津媛命】……八咫鏡も「昴と流星の神」。
・【石の章/伊佐布魂命】……伊佐布魂命は「星降る星の神」「昴の神」の意。
・【石の章/斎主神】……流星の神。別名、経津主神。
・【石の章/補足 火瓊瓊杵尊の降臨地名の意味】……久士布流多気、槵觸之峯。